第39章 時をかける
好きだ。やっぱりお前が好きで仕方ない。
“まさか同じ通勤電車だったなんて、嬉しい”
“よかったら、また一駅歩きませんか?”
そんなことを言われただけで胸は期待で膨らんでしまった。
馬鹿げていると分かっていても止められない。むしろこんな関係でもいいからエマと繋がっていたいと望む自分がいる。
結局 お前は何も覚えちゃいなかった。
昔の話をしたら、お前は思い出すのか?
もし思い出したら、その時俺たちはどうなる?
左隣にぽっかり空いたこの隙間を埋めて、一緒に歩いてくれるか?
望みはあるのか…?
お前はもう 他のヤツと新しい人生を歩もうとしている。それをとやかく言う権利はない。
けれど過去を思い出したらお前の気が変わるかもしれないと、そんな淡い期待を抱いてしまう。
未練がましい男ですまない。
でも目の前にいるのが本当にエマだと思えば思うほど、諦められなくなる。
僅かだとしても、限りなくゼロに近かったとしても、その可能性にかけたいと思ってしまう。
「お前は」
「アッカーマンさんは」
街路樹の影に差し掛かったところで、重なり合った声と止まった足。
「先に言え」
「私は後で」
「いや、いい。なんだ?」
「…アッカーマンさんは、一生を添い遂げたいと思う人に出会ったことってありますか?」
生暖かい風がひゅうと吹き、彼女の髪が頬にかかった。
それを払いもせず見せたのは真剣な顔。
“ある”
答えると、一瞬だけ目を丸くしたがすぐ微笑んだ。
柔らかな春の日差しのような笑み。あたたかいのに胸が締めつけられるのは、他人に向ける笑みだと気づいてしまったから。
きっと自分のことだと自覚がないから、そんな風に笑えるのだろう。
「素敵ですね…いきなり変な事聞いてすみません。アッカーマンさんの話は?」
リヴァイは再び歩き出す。一歩遅れて歩き出したエマの歩幅に合わせるよう速度を少し落した。
「俺の話はいい」
「え?」
「大した話じゃないから気にするな」
例えばこの時、“何故そんな質問を?”とか、“彼氏と結婚する気がないのか?”等と訊いていたら、もっと彼女に踏み込めたかもしれない。
だがそれは出来なかった。