第39章 時をかける
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「今朝は変わったことはなかったか?」
「大丈夫でした。…あの、毎朝気にかけてくれてありがとうございます。」
「お前はぼーっとしてて狙われやすそうなタイプだからな。同じ電車に乗ってると知った以上、気になっちまう。」
駅を降りて、改札を通り過ぎながら二人はそんなやり取りをした。
会社の最寄りの一駅前で降りて歩く。再会した日のように。
いつの間にかそれが二人のルーティンとなっていた。
カフェに行ってから二週間以上が経っていた。
しかし俺たちの関係はあの日で終わるどころか、毎日顔を合わせている。
毎朝 同じ時間の通勤電車に乗っていることが分かってからというもの、一緒に通勤するようになった。
俺が毎朝何をしているのかと言うと、早い話 “護衛”だ。
大袈裟な言い方かもしれないが、エマがまた痴漢の餌食になるのは耐えられない。だから勝手に護ることにした。電車内では常に目を光らせている。
「結構慣れっこになってたっていうか…触られても“あぁまたか”で終わってたんです。少し我慢すれば終わるって。」
「その考えは危険だな。調子に乗って公衆便所にでも連れ込まれたらどうする?」
「まさか」
「実際にあるから言ってんだ。ケツ触られてるだけだからってアイツらを甘く見てるとそのうち本当に痛い目見るぞ。」
「は、はい…」
リヴァイが少し語気を強めると、エマはしゅんと下を向く。
別に責めるつもりはなかったのだが、そんな顔をされると悪いことをしてしまった気になる。
「ただお前が心配なだけだ。すまない、言い方に気をつける。」
「いえ…!軽く考えすぎな私が悪かったです!言われてちゃんと意識したらちょっと怖くなったっていうか……でも、」
俯いていた顔が上がり、少しはにかんだような微笑みを湛えてエマは言った。
「本当はアッカーマンさんが毎日気にかけてくれて、すごく心強いです。」
その顔を見ると、どんなことも許してやりたくなってしまうから不思議だ。
「俺は途中からしか見張ってやれないから、一人で乗ってる間は一段と注意しろ。」
「ふふ、はい!」
「なんだ?」
「なんか親みたいだなって、ふふふ」
「朝から心配が尽きなくてこっちの骨も折れるってもんだ。」
言いながら口元が緩んでしまうのを止められない。