第39章 時をかける
婚約者との付き合いは長かった。
今年の6月で27になったというエマ。
彼女が大学4年の時からだから、かれこれもう5年付き合っていることになる。
“歳も歳ですし、結婚ラッシュがくると周りも色々うるさいし、何となくそういう方向に話が向かっていって…”
“彼とは大学1年から友達で気づいたら恋人にって感じで…一緒にいる時間が長いから今はもうときめいたりはしないんですけど。”
少し訊けばエマはペラペラ喋った。
確かに本人の言う通り婚約者に対しては淡白な感じがしたが、でも逆に言うとそれだけ心を許しているということでもある。
二人が一緒にいる所を見たわけてはないが、二人の間にはどう頑張っても入り込めるような隙はないのだと悟る。
その頃には、一口目は美味いと思っていた紅茶の味も分からなくなっていた。
抉られた胸の傷に、触れたら痛いとひと目見れば分かるほどの大きな棘がいくつも刺さる。
俺は話を聞きながら、奇跡的な再会に馬鹿みたいに喜んでいたおめでたい自分の頭をかち割りたい気分だった。
「いや、違うじゃねぇか。」
外はいつの間にか夜闇に包まれている。
電気もつけないまま、帰宅してからどれくらいの時間転がって天井を見つめていたのだろう。
「俺がアイツにそう言ったんだろ…馬鹿か」
幸せになれと。
自分以外の誰かと生きることがエマにとっての幸せになるなら、それでかまわないと。
エマの幸せは自分の幸せだと。
自分がエマに言ったことが現実となった今、心境はどうだ?
俺は幸せか?
今日、心からアイツを祝福したか?
俺以外の誰かとこのまま幸せな人生を歩んでいってほしいと、そう胸を張って言えるのか?
「……ハッ。格好だけかよ」
閉じた瞼の裏にじわりと何かが滲む。
昼間から胸はもうずっと痛い。
これが、“幸せ”な気持ちなのか?
リヴァイは乗せていた腕で目を痛いくらい強く擦った。
滲んだそれは、擦れた痛みによるものだ。
勝手に期待していたせいで少し面食らっただけ。
明日になればこんな感情など消え失せているはずで、自分の言った通りエマの幸せを心から願えるはずだと言い聞かせた。