第39章 時をかける
「…お前」
やめておけばいいのに。
ついた傷に自ら塩を塗り込むなんて馬鹿のすることなのに、口は止まってくれない。
「結婚してんのか?」
ほんの僅か声が震える。
「あ…これですか?」
視線に気が付きはにかむエマ。
冷えた店内は少しも暑くないのに、尋常じゃなく汗が吹き出る。
「正式にはする予定です。今年のクリスマスに。」
バクンバクン
もはや自分の心音しか聞こえない。
防衛本能…無意識的に現実世界をシャットアウトしようとしている。
婚約者がいた。
エマに、生涯寄り添う相手が。
クソ。誰だ、どこのどいつだ。
俺がいながらなぜエマは…
…いや違う。
クソなのは俺だ。
再会した日から分かっていたことだろう。
それにずっと気付かないふりをして。
久しぶりだから忘れてるだけですぐに思い出すと決めつけ、現実を受け入れることを放棄していたのは俺だ。
ならなぜだ…なぜ俺たちは出会った…?
最初から出会うことに意味が無いと分かっていながら、なぜ俺たちは引き合ったんだ。
クソ!!
お前は俺の知らないところでもう幸せになってたんじゃねぇか。
……ハッ、なんだ。俺だけか。
俺だけが必死になって探し回って、あの日からずっと、過去に囚われたまま生きて……
……ンさん!
「アッカーマンさん!!」
「っ?!!」
「大丈夫ですか…?急に俯いたまま何も話さなくなって…」
「…大丈夫だ。すまない。」
「それならいいんですけど…気分や体調悪かったら遠慮なく言ってくださいね?」
気遣わしげな顔をするエマを、リヴァイはぼうっと見つめた。
違う…エマが俺を見る目は、俺がエマを見る目とは全然違った。
例えばそれは、あの窓際の席で一人 茶を飲んでいる男に向ける目と同じだ。
「クリスマスに式挙げるのか?」
「はい…クリスマスなんてベタすぎて私は嫌だったんですけど、彼がきかなくて。」
「…覚えやすいしいいと思うがな」
「言われてみればそうですね」
皮肉にもエマが式を挙げる日は自分の誕生日でもある。
そういえば誕生日は教えていなかったか。
お前の誕生日は確か6月だったか。
もう過ぎちまった。
また祝ってやれなかったな。