第39章 時をかける
注文は割と直ぐに運ばれてきた。
その間話したことといえば、お互いの会社の話やどこに住んでるかと言うことくらい。なんてことない、初対面ではよくある会話だ。
カップからは湯気とともに芳醇な香りが立ち込めていた。深く透き通った琥珀色。なかなかに上質そうだ。
「暑いのにホットでよかったんですか?」
「紅茶と言えばホットだろう。アイスなんざ邪道だ。」
「さすがこだわりがあるんですね!」
目の前でカランと涼し気な音がした。エマが注文したのはレモネードとフルーツタルト。
「甘党なんだな。」
「はい!甘いものは食べると幸せな気分にさせてくれるので好きです。アッカーマンさんはケーキとかはあまりお好きじゃないですか?」
「甘いのは苦手だ。紅茶だけで事足りる。」
「ふふ、なんかイメージ通りです。」
「…そうか?」
「はい。こだわり強そうなところとか、甘いもの苦手なところとか。あ!もちろん悪い意味じゃないですよ?!こだわりある男性は素敵だと思うし、その…」
自分で言って慌てて弁解しようとするエマを見て、つい頬が緩んだ。
話していると分かる。見た目こそ少し大人びたが、やはりエマはエマだ。
甘いものが好きなところも、人のことをちょっと気にしすぎなところも、リヴァイの知っているエマと遜色ない。しかし。
「独特な持ち方されるんですね、カップ。」
「…あぁ、まぁな。」
エマは、自分のことを知らない。
紅茶が好き。ホットしか飲まない。甘いものが苦手。カップの持ち方。
不思議なことに現世の自分には、あの頃の趣向や癖がそっくりそのまま受け継がれている。
あの頃、この辺の特徴はエマのみならず兵団の連中すらもよく知っていることだった。
なのに今目の前にいるエマは知らない。全て初めて知るような反応をされて、胸がチクリと痛んだ。
しかし嘆いてばかりではダメだ。
何かひとつでも覚えていることがあれば思い出してほしい。
しかしリヴァイの思いは届くどころか、さらに残酷な現実を突きつけられることとなる。
リヴァイは見てしまったのだ。
エマの薬指に光る輝きを。