第39章 時をかける
「もし良かったら日を改めてお礼させてもらえませんか?」
「礼?」
「今日の。助けてくださったお礼です。」
「そんなものは気にしなくていい。」
「あなたが良くても私が嫌なんです。ほら私、こういうことはきっちりしときたいタイプで。…ダメですか?」
「…そこまで言うなら分かった。」
「やった!」
満面の笑みを見て自然と頬の筋肉が緩む。
こちらから何か理由をつけて連絡先を聞こうと思っていたが、その手間は省けた。
ここまでトントン拍子だと怖い気もするが、運命の引き合わせなのだと信じたい。
ただ一つ、再会した時からずっと付きまとう不安には気づかないふりをして。
携帯を取り出し連絡先を交換した。
液晶に映し出された名前を見て、リヴァイの心臓はまた大きく跳ねる。
「あ、申し遅れましたが私エマって言います。富井エマ。」
彼女の口から直接名を聞くと、一気に感情が込み上げ息苦しくなった。
ようやく辿り着けたのか。
抱きしめたい。今すぐその華奢な肩を抱き寄せて、その唇を…
しかし今は衝動をグッと堪える。
そして自分の名を口にする瞬間には、有り得ないほどの緊張が走った。
「リヴァイだ。リヴァイ・アッカーマン。」
「リヴァイ・アッカーマンさん…じゃあ、アッカーマンさんって呼んでもいいですか?」
込み上げた感動が、胸に抱いた期待がバラバラと音を立てて崩れ落ちていくようだった。
よく知った純粋無垢な笑顔。大好きな笑顔。
それが、リヴァイの心に容赦なく傷をつける。
「あぁ…何でもいい」
「じゃあその呼び方で。それにしてもかっこいい名前ですね。日本語流暢ですけど、ずっとこっちに住んで——…」
エマの話し声が遠くの方で聞こえる。
会話はしていたが、自分がなんと受け答えしていたのか分からなかった。
エマはきっと俺の変化に気付いていないだろう。だって楽しそうに話を続けている。
「このビルですよね?△△ビル!」
「あぁ」
「じゃあお礼の件は後日。また連絡しますね!お仕事頑張ってください!」
「分かった。お前も頑張れよ。」
手を振り、小走りで駆けていく背中を見つめた。見えなくなってもそこから動かなかった。
リヴァイは雑踏の中、一人立ちつくした。