第39章 時をかける
俺は彷徨っていた。
もちろんすぐに会えるなど思ってはいなかったが、それは想像よりずっと途方もない旅だった。
行く先々で目を凝らした。
記憶の片隅にこびり付いている、“アイツ”の欠片を探して。
そうやって気の遠くなるような長い長い旅路を経て辿り着いたのが、この世界だ。
見覚えのある景色。空気。
不思議な感覚だった。いつ、どこで見たか分からないが、何となくこの地を踏むのは初めてでないと思っていた。
どうしてそう思うのかずっと分からなかった。
だが今、やっとその理由が分かった気がする。
「本当によかったのか?」
女は犯人を出頭させなかった。
駅員室へ向かう途中で止めたのだ。
頷いた女は落ち着いていた。
こういう経験は何度もしてきたのかもしれない。“慣れ”とまでいかないが、トラウマになるほどのストレスは受けていないように見えた。
しかしコイツが良くても俺が我慢ならなかった。だから犯人を解放する前もう一度問うた。でも首を縦に振らなかった。
「警察沙汰になると事情聴取とか色々と面倒ですし、大丈夫です。それにあの人、きっと十分反省したと思います。」
苦笑する女に俺はどんな顔をしてやればいいのか分からず、「そうか」とだけ答えた。
「あなたが犯人をキツくとっちめてくださったので、それを見てたら清々してしまったんですよ。だからそんな深刻そうな顔しないでください。」
控えめな微笑みはしとやかな“大人の女”だった。
しかし記憶にある あのあどけない笑顔の面影はしっかりとある。
また鼓動が高鳴る。
本当にこの直感を信じてもいいのだろうか…?
「本当にありがとうございました。何かお礼をと思ったんですが、これから会社…ですよね?」
「お前も通勤途中だったか?」
「ええ。ごめんなさい。忙しい時に面倒事に巻き込んでしまって。」
「俺の意思で行動したんだ、気にするな。最寄りもここじゃなかったか?」
「あとひと駅なのでここからなら歩けるし大丈夫です。あなたはここが最寄りなんですよね?」
「俺も会社は次の駅だ 。さっきは犯人を降ろすために適当に言った。」
「そうだったんですか。わざわざ…本当にありがとうございました。」
「気にするな」
両手を重ね 丁寧にお辞儀をする姿を、俺はもう一度よく見た。