第39章 時をかける
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車窓からは容赦なく夏の朝日が照りつけた。
外へ出た時の気温を想像して憂鬱になる。
車内は最大限エアコンを効かせているが、すし詰め状態では大して効力を発揮しない。
通勤の満員電車は何年経っても慣れない。
他人の肌がぶつかるのも、色んな匂いが混じりあったこの空気も大嫌いだ。居心地は最悪。
「!」
ふと目線を下にやると、その現場を目撃した。
ごつい手が女の尻を撫でている。
醜い欲を身勝手に他人にぶつける、クソみたいに気持ちの悪い手つき。常習犯だとひと目で分かった。
その手はスカートを捲り、女の股へと無遠慮に差し込まれる。女の肩は微かに震えていた。
「おい」
「なッ?!いぃ ゛てててて!!」
ごついのは見た目だけか。
片手で少し手首を捻っただけで男は情けない声を上げた。
他の乗客の視線も一気に集まる。もちろん、被害にあっていた女も振り返った。
だが射抜くような双眸は男だけを捕え、低く言い放つ。
「会社にバラされたくなきゃ今すぐ止めろ。てめぇのクソみてぇな自己満足のためにこの女がどれだけ傷ついてると思っていやがる。」
「あ゛あ…痛い!痛い!」
「そりゃ痛てぇよな。右手、捻挫してんだ。暫くはクソの始末すんのも辛ぇだろうな。」
「ひぃ!ご、ごめんなさい!」
「謝る相手が違うだろ」
場は騒然としている。何人もの視線がこちらへ向き、会話も聞かれているだろう。
残念だがこいつはここまでだ。
駅への到着を知らせるアナウンスが鳴る。
「おい、歩けるか?ッ!!」
その時初めて被害者の女の顔をしっかり見た。
その瞬間、時は止まった。
——プルルルルル
「おい!離せ!ここで降りるんだ俺は!」
「! ちょうど良かった、俺もだ。仲良く一緒に行こうじゃねぇか。」
発車のベルで我に返る。危なかった。
締まりかけたドアがもう一度開いて、俺は痴漢男と被害者の女と共に外へ出た。
「いてぇ!いてぇよ!これ以上は折れちまう!」
「うるせぇな…折られたくなかったら黙って着いてこい。お前も嫌だろうが…同行が必要だ。いいな?」
「は、はい」
異様なまでの胸の高鳴りを抑えつつ、一目散に駅員室へ向かう。
男は観念したように大人しく手首を捕まれながら歩き、女はその後ろをトボトボ着いてきた。