第39章 時をかける
太陽が、いつもより近い気がした。
天を仰げば空に切れ目などなく、地平線にそびえ立つ入道雲を見て、初めてその形を知る。
やがて馬は浅い森を通り、木々の間をすり抜けた。景色が開ける。
その瞬間、空気が変わった。
「——陸が途切れてる!もしかしてあの先が!」
隊の先頭を走る赤髪に続く。
隊と言ってもいつかのように何百人もいない。両手に収まるほどの人数になってしまった。
ここまで来るのに膨大な時間と多大な犠牲を費やした。
捧げられた心臓の数は、とてもじゃないが両手には収まりきらない。
その犠牲に見合っただけの結果を、果たして残せるのだろうか。
「うそ…」
「すごい……」
「これが……〝海〟………」
目前に現れたのはどこまでも続く巨大な塩の湖。
穏やかな水面は空を移したような群青色。
陽の光が反射して、水面はキラキラと眩さを放っていた。
柔らかな風が頬を撫でる。
少し湿り気を帯び、独特な香りを纏うこの風に、なにか名前はあるのだろうか。
「………」
地平線の先を、目を凝らし見た。
お前はこの先にいるのか?
この海を渡り、探しにいく旅へ出たい。
……だが、それはもう少しばかり先になりそうだ。
お前がいなくなってから、本当に色々あった。
目を瞑りたくなるような残酷を何度も突きつけられ、仲間も大勢死んだ。
それでも世界を放棄せず、前を向いてこれたのは何故だろうな。
エマ。
お前は今でも憶えていてくれているか?
俺は片時も忘れたことなどない。
お前の顔も、お前が愛してくれていたことも。
お前を愛していることも。