第38章 “またね” ※
〝時間〟というのは意地悪だとエマは思った。
例えば、学校で退屈な授業の一時間と、図書室で好きな読書をする一時間。
例えば、次の日に何か楽しみな予定がある時の今日と、次の日は面倒な予定がある時の今日。
例えば、苦手な人と過ごす今日と、好きな人と過ごす今日。
いつでも時間は平等なはずなのに、まったくそうは感じない。
24時間365日、秒針は寸分の狂いもなく同じ速さで時を刻む。
なのに秒針を見る側は「まだこんな時間か」とか、逆に「もうこんな時間か」といつだって一定に感じないのだ。
そして大抵、“このまま時が止まればいいのに”と願った時は、驚くほどあっという間に過ぎてしまう。
まるで時間に自分の気持ちを見透かされ、意地悪されているような。
時間はときに己を癒すものであり、ときに己を傷つけるものでもある。
正確に刻んでいるはずなのに、速度の感じ方はその時々の自身の気持ちに左右されたりもする。
平等であり不平等なのだ。
どの世界でも唯一不変であるなずなのに、受け取る側は都度 その速度の変化に心を弄ばれる。
やっぱり意地悪だ。
雲のベールの下でぼんやりと光る朧月を見上げながらエマはそう思い、少しだけ下唇を噛んだ。
時間の経過とともに雲は流れ、結局雨は降らなかった。
けれど夜空は薄い雲に覆われていて、月よりも小さな星の光はエマたちには届かない。
「懐かしいな」
「…そうですね」
リヴァイとエマは屋根瓦の上に腰を下ろしていた。
幸い正体がバレることはなく、無事に目的地まで辿り着けた。
ここはあの寒い冬の日、誰にも告げず一人故郷へ戻ろうとしたエマをリヴァイが引き止めてくれた時、降り立った教会の屋根。
「ここから始まったんですよね。私たち」
「あぁ…あの時の行動力には未だに感心するけどな。」
「リヴァイさんに恋人がいるって勝手に勘違いして、嫌になって帰ろうと思って、馬車呼んでここまで来ちゃったんですもんね…はは」
「あの時お前があんな真似しなかったら、今こうなってなかったかもしれねぇ」
「そうです…かね」
「お前の気持ちに気づいてやれなかったかもしれない」
「そこは気付いて欲しいです。」
「ハッ、言うようになったな」
「フフ」
「…」
「…」