第38章 “またね” ※
「不思議な気分なんです。」
せせらぎを見つめたまま、エマはポツリと零した。
リヴァイからの反応はないが、耳を傾けてくれていることは雰囲気で分かる。だから続けた。
「ある意味、昨日の方が実感してたかもしれない…でも朝が来たら、昨日抱いていた気持ちさえも現実味が薄れてて。」
もう一度水を掬った。一瞬にして零れ落ちて、掌には何も残らない。
自分の気持ちみたいだと思った。
昨夜、あんなにも溢れた思いはどこへ消えてしまったのだろうか。
濡れた両手を見つめるエマの傍らに、リヴァイは腰を下ろした。
「お前と同じような気分だ。明日もまだ隣にいる気がしてならねぇ。」
ゆっくりと横を向く。リヴァイは流れゆく清流を見ていた。
「それどころか、この期に及んでお前の予想が外れてはくれねぇかとばかり思ってる。」
「リヴァイさん…」
台詞とは裏腹の抑揚のない声と無表情。ひょっとして無理矢理、感情を押し殺しているのではないかと思わせる。
でもきっと、リヴァイは引き止めはしないだろう。
そして自分も……
「本当に予想でしかないですから、外れることだって……もし、あの井戸がただの井戸だったとしたら…」
“まだ、リヴァイさんといれる?”
出かかった言葉をグッと飲み込んで、エマは声もなく自嘲した。まったく往生際が悪いにも程がある。
覚悟を決めたのなら、潔く行動するまでだ。でも。
「ただの井戸だったなら振り出しだな。夜中に俺のクローゼットから出てきたところから全てやり直しだ。」
心做しか嬉しそうに聞こえたのは気のせいかな。いや、リヴァイさんもそう思っていていてほしい。
だってそんなことを言われて、私はすごく嬉しくなってしまったから…
「もしそうなったら本格的に隠れる場所を見つけないと…兵舎にはもう戻れませんから」
冗談めかすと、リヴァイは初めてエマの方を見た。
何とも言えない複雑な表情で、頭のてっぺんに手を置かれる。エマの冗談には何も返さない。
「やだなぁ、冗談ですよ。…シーナの井戸はほぼ間違いなく繋がってると思います…一度近づいた時に不思議な引力のようなものを感じたか」
「そろそろ行くぞ。」
エマの言葉をぴしゃりと遮り、リヴァイは髪を乱すように雑に頭を撫でると立ち上がった。