第38章 “またね” ※
低く雲が垂れこめる空の下を、一頭の馬は駆けていた。
目深く被ったフードの隙間から景色を覗く。まだ昼間なのに、日光が遮られているせいで辺りは薄暗い。
どんよりした灰色は気分をうやむやにさせる。
どうせなら覚悟を後押ししてくれるような、澄み切った青が良かった。
腰に回した腕に少しだけ力を込めた。
「一旦休むか?」
エマの僅かな気配の変化に気づいたのか、リヴァイは馬を走らせながら少し振り返った。
エマは首を横に振る。余計な寄り道などせず迅速に目的地へ辿り着かなければ。
「少し行ったところに森がある。そろそろイーグルも休ませたいと思ってたところだ。森の中ならそうそう目立つことはないから安心しろ。」
しかしリヴァイはエマの意とは裏腹に休むつもりらしい。
確かにシーナまでの道のりは長い。イーグルの事も考えたら休息は必要かと納得した。
森には針葉樹が群生し小川が流れていた。
若葉が深い緑へと変化し始めるこの季節。
日が差せば木漏れ日が緑を照らし、神秘的な景色を見せてくれるだろうが、今日は生い茂る葉が仄暗さを助長させている。
リヴァイは馬に水を与え、木に繋いで休息を与えた。
「あとどのくらいですか?」
「半分だ。このペースなら日没までには着けるだろう。」
「…そうですか」
概ね順調、ということだ。
それを聞いて心が微かにザワつく。
今更何も覆ることなどないと分かっているのに、まだどこかで覚悟しきれていないのだろうか。
とっくに夜は明けてしまったというのに。
「皆さんには無難な挨拶しかできませんでした。」
エマは努めて明るく言った。
小川の前にしゃがみ清らかな流れを掬う。もう初夏だというのに、肌を刺すような冷たさに一瞬眉を顰めた。
その後ろ姿を、リヴァイは腕を組み幹にもたれながら見つめていた。
「いざってなると、言葉って出てこないものですね。もっとたくさん言いたいことあったはずなのにな…」
涙しながら抱擁してくれたペトラやハンジを、精いっぱい抱きしめ返すことしかできなかった。
“ありがとう”、“忘れないで”、“元気で”
そんなありふれたことしか言えなかった。
実感も湧かない。これで本当に最後なのだという実感が。
だからなのか、エマは泣くこともなかった。