第37章 帰還、残された時間
「それくらいは、信じさせてほしい…」
祈りにも似た願いを呟くエマから、リヴァイは一時も目を離さないでいた。
胸の前で組んだ腕を解き、自分よりひと回り小さな手に重ねると、細い指に五本の指を絡める。
漸くエマと視線が交われば、なんとも言えない表情で笑った。やはりすぐに崩れてしまいそうな、頼りない笑顔。
小さな手は同じくらいの力で握り返してきた。
手のひら同士がぴたりと合わさり、絡めた指先ひとつひとつから自分より少し高い体温がじんわり伝わって、“まだ”エマがここにいることを実感させてくれる。
そして。
あと少しでこの温かさが、その存在が全て思い出へと変わってしまうことを痛感してしまう。
「…俺も」
絡めた指に力をこめる、夜闇に溶け込みそうなくらいの、黒く大きな瞳を見据えた。
「俺もそうだと信じる。」
運命だとか神だとか、目に見えないものを信じ、縋ることはしてこなかった。
この世界でいつだって待ち受けているのは、“現実”しかないからだ。残酷で無慈悲な、現実。
神や運命を信じるだけで救われるのならとっくにやってる。
でも実際は、そんな不確かなものに縋っていたってこの世界をなにも変えることなどできないのだ。
己の力、仲間の力量、目に映る情景。
ただそこに在るものだけを見て生きてきたリヴァイにとっては、形のないものこそ信じたって意味がないと、そう思っていた。
けれど、
「この空を追っかけてお前の元へ行けるってんなら、壁の外へ自由に出られるようになった時目指す場所は一つだけだ。」
不確かでも、でたらめだったとしても、信じていたい。
「お前にまた会えるなら、なんだってしてみせる。」
巨人を駆逐して、世界に安寧が訪れたら、その時は旅に出よう。
この空が続く限りどこまでも走って、必ずお前を迎えに行く。
「待っていてくれるか?」
何言ってんだ、と呆れるくらい馬鹿なことを喋っているのは頭のどこかで分かっている。
だが、言わずにはいられなかった。
“永遠の別れ”だと思った瞬間に…そう言ってしまった瞬間に、きっとこの小さな手を一生離せなくなってしまうから。
だからこれだけは、目に見えない、形のないものだとしても信じて縋らせてくれ。