第37章 帰還、残された時間
「ペトラとは話せたか?」
変わらずエマと視線を交えないリヴァイからされた問いに、“最後の”という意味が含まれていたのはエマにもよく分かった。
「はい。ちゃんと話せました」
この返事も建前だということに、リヴァイは気付いているだろうか。否、彼ならきっと察しているだろう。
けれども、エマはそう言ったっきりで、他になにか言おうとはしなかった。
全然話し足りなかった。
もっと一緒にいたい。
まだここにいたい。
帰りたくない。
一言でも本音を漏らせば、芋づる式に次々露呈してどうしようもないワガママな人間になってしまいそうで。
だからリヴァイが気付いていようといまいと、本心は心の中にしまい押し殺す。
けれどその代わりに、こんな風に伝えるならいいだろうか。
「リヴァイさんは、空ってどこまで続いてるとと思いますか?」
唐突な、脈略のない質問にリヴァイは隣を見た。
しかしエマとは目は合わない。目線の先には夜空に浮かぶ星。リヴァイもエマに倣った。
「お前はどこまで続いてると思う。」
質問返しされて、リヴァイを向いたエマの目は一瞬丸まったが、すぐ柔らかな表情に戻る。そして目線も空へ。
「ずっと遠くまで、ですかね」
「答えになってんのか?それ」
質問の内容からしてもっと具体的な答えが返ってくると思っていたのに、漠然とした返答でリヴァイは思わず突っ込んでしまう。見れば言った本人も苦笑いだ。
「へへ、なってないかな。でも、信じたいと思うことがひとつだけあります。」
相変わらずエマとは目は合わない。
リヴァイは気が付けば、空を仰ぐエマの横顔に釘付けになっていた。
月光に照らされているのは、凪のように穏やかだけれど、ふとした隙に荒波を生んでしまいそうな脆さを持つ横顔。
その横顔を見て胸がきゅうと切なく締めつけられたのは、きっと気のせいではない。
黙っているとエマと目が合った。何も言わず視線で先を促すとはにかむように微笑んで、星に向かって話をするみたいに、天を仰ぐ。
「きっと、この空と、私が明後日見上げる空は同じなんだって。途方もなく遠くても絶対に繋がってるって、そう信じたいんです」
その声は、夜の静寂に溶け込むほど穏やかだった。