第37章 帰還、残された時間
ギィ…と、錆びた蝶番の音がして二人は同時に階段へ通ずる扉を振り返った。抱き合った体は自然と離れる。
「リヴァイさん…」
名前を呟いたその瞬間、サラサラな黒髪が靡いた。少し強めに吹いた風が濡れた頬の水分を攫っていく。
「兵長、すみません」
ペトラは涙を拭いたと分からないくらい素早い動作で頬を拭い、できうる限り平常を意識して謝罪した。
こんな時でも上官に対してきっちりできるペトラは本当にしっかり者だ。
リヴァイは“いや、いい”とだけ返し、エマたちへ歩み寄る。
勝手に部屋の外を出歩いたことを咎められる覚悟でいた二人だったが、リヴァイはそのことについては触れず、特に怒気を含まないいつもの声色で、ペトラへ告げた。
「エマを少し借りてもいいか。」
「?!」
「! はい、もちろんです!」
エマもペトラも吃驚したけれど、ペトラはすぐに安堵したような、それでいて嬉しそうな顔になって頷く。そしてエマにも目配せした。
“二人でゆっくりね”
そんな声が聞こえてきそうな表情で。
見守るような視線を受け、困惑しながらエマもペトラに微笑みを返した。
「こんな所にいやがったのか。」
「すみません…勝手に出ていったりして」
ペトラが屋上を去ってすぐ、リヴァイは手摺に気だるく背を預け腕を組んだ。
その姿勢と、あまり機嫌の良くない時に出る言葉遣いに、後ろめたさを拭いきれずにいたエマはやはり萎縮し、声が小さくなってしまう。ペトラと流していた涙も完全に引っ込んだ。
突然、行先も告げず身勝手な理由で出てきてしまったのだから、リヴァイや他の皆に心配をかけてしまったのは当然だ。
しかしそんな心咎めを他所に、リヴァイは怒っているわけではなさそうだった。
それは、リヴァイ自身が僅かに吐息を漏らしたから、そうだと分かった。彼はほんの微かに笑ったのだ。
「さっき何見て顔を赤くしてやがった」
「! あっ、あれはその、なんでもなくて…!」
唐突に投げかけられた問いの内容に、エマはしどろもどろになってしまったけれど、リヴァイが再び、確かに頬を緩めたのをこの目で見た。