第37章 帰還、残された時間
「できれば、ずっと近くで祈っててほしいな…」
ペトラはまた彼方を見つめ、誰に言うでもなく呟くように言葉を紡ぐ。
けれど当然、エマにはその一言が自分に向けられているものだとすぐに分かる。だからペトラから目を逸らさなかった。
「……ごめん。ハンジさんたちと今日はしんみりしないって約束したんだけど、」
少しの間があって、くるっと90度向きを変えエマと向かい合ったペトラは、柔らかく微笑んだまま。
「私、エマと出会えて本当に嬉しかった。違う世界から来たって知った時はすごく驚いたけれど、でもそんなの全然関係なくて。優しくて頑張り屋さんで、思いやりのあるあなたが大好き。」
「ペトラ…」
「この世界は無慈悲で残酷だけど…でも私はこの世界が好きだし、だからこそ変えたい。エマの世界は巨人もいなくて平和だって聞いたわ。だから余計に、ここで一緒に過ごしてくれて嬉しかったの。…あなたのことも、あなたと過ごしたことも一生忘れない。」
言葉尻が震える。穏やかな笑みは少しずつ崩れ、最後は眉根を寄せ唇を戦慄かせていた。
エマもまた、ペトラと同じだった。急速にこみ上がった感情を溢してしまわぬよう唇を引き結び、奥歯を噛み締める。
しかし次にペトラが口を開いた時、もうそれをこらえることはできなかった。エマも、ペトラも。
「でもやっぱり、寂しい…いなくなっちゃうなんて、信じられない…信じたくない…まだ、ううん…ずっとここに、いてほしい」
「……」
「みんな同じ気持ちよ…みんな、あなたの事が大好きで、できることなら、一緒にいたいって……!」
エマは手を伸ばしペトラの胸に胸に飛び込んだ。同じくらいの大きさの背中に腕を回し、声を絞り出す。
「……っ、ありがと、う…」
ぎゅっと抱きしめ返されて、言葉はなくとも彼女の気持ちは痛いくらいに伝わる。
ペトラの言葉が嬉しくて、けれど同じくらい苦しくて。
明日ここを去らなければならない、という、もうどうに覆すことのできない事実を、受け入れなければならなくて。
まだここにいたい。
皆とともに築いてきた“日常”を失いたくない。
離れたくない。忘れたくない。
ペトラのことも、皆のことも…リヴァイさんのことも。
互いの涙が互いの肩を濡らしていく。