第37章 帰還、残された時間
「ちょっどこ行くのよ!?」
閉まった扉とエマの顔を交互に目線を行き来させながら、ペトラは先を歩くエマへ問いかけた。
「あそこには今は戻れない!」
「何言って…! エマ!一応ここは人通り少ないけど、誰かに見つかったらまずいわよ?」
手を引っ張られながら、ペトラはエマが無防備に部屋の外へ出てしまったことに気がつき小声で止めようとした。
しかしエマはお構いなしにずんずんと歩を進めていってしまう。
「誰も来ない場所に行けば問題ないと思うの…」
振り返ったエマは松明の薄暗さでも分かるほどに赤面していた。そんなエマを見てペトラは困ったような顔になりプッと吹き出す。
「あなたがリヴァイ兵長にどうしようもないくらいメロメロなのはよーく分かったわ。でも皆に心配かけちゃう…戻りましょ?」
「屋上」
「え?」
「幹部棟の屋上なら誰も来ないでしょ?ちょっとだけでいいから、付き合ってほしい。」
珍しい、とペトラは思った。
普段から真面目で、言いつけだってちゃんと守りそうなエマが見せた、意外な一面。
ペトラもエマの秘密と今後については全て聞かされている。エマと二人で話せるのも、きっと今日が最後だということも分かっている。
だからこそだろうか…勝手な真似をしてはいけないという気持ちよりも、最後くらい彼女のワガママを聞いてあげたいという気持ちの方が勝ってしまった。
「まぁ…屋上なら誰かが来る可能性は限りなくゼロに近いわね。」
ここから二階、階段を上がるだけ。エマを人目につかないよう周囲に気を配りながら移動すれば、屋上まですぐだ。
「急ぐわよ!」
エマの顔が晴れやかになる。
今度はペトラがエマの腕を引き、歩き出した。
*
キィ…と蝶番が錆びた音を鳴らしながら、金属の重い扉が開く。
幹部棟に屋上があることは知っていたけれど、エマ自身ここを訪れるのは初めてだ。
“意外と広いのね”と言いながら屋上の手摺に腕を乗せ夜闇に浮かび上がる黒い景色を見つめるペトラもまた、初めて来たらしかった。