第37章 帰還、残された時間
前髪は指で持ち上げずなるべく額に近づけたまま。コームで梳かしながら、ハサミは斜め45度の角度から刃先を少しずつ入れて。
エマは以前動画サイトで見た、現役美容師による前髪の切り方を必死に思い出し、なんとかハサミを進めていた。
コームで梳かした髪はひとつの引っかかりもなく滑らかに通り、掬った毛束は猫の毛のように柔らかい。
縮れのない真っ直ぐな黒髪にまじまじと触れるなんて初めてのこと。緊張ももちろんするが、その美しさに見惚れてしまったのもまた事実で。
「リヴァイさんの髪って本当に綺麗ですよね。こうして触るとよく分かります。」
「そうか?」
「女の子から見ても憧れるくらいですよ?伸ばしたら絶対女子顔負けの艶髪だろうなぁ。顔も整ってるから女装しても違和感なさそうですよね。」
「気持ち悪ぃ想像するなよ」
「フフ、ごめんなさい。…っと。よし、あとここを切ったら…………できました!」
最後の一切りを終えてコームで全体を整えたら完成だ。
離れて全体のバランスを確認すると、エマは満足そうに頷いた。
元々切り揃えるぐらいでよかったから大きな失敗はしにくかったのかもしれないが、それでも初めてにしては我ながら上手く切れた気がする。
あとは本人に気に入ってもらえたらいいのだけれど。
エマは少しドキドキしながら手鏡をリヴァイに手渡した。
「どうですか?上手く、切れてますか…?」
鏡を覗いたリヴァイに一瞬の間があってエマはちょっと心配になったが、それも杞憂で、
「悪くない。初めてにしてはなかなかやるじゃねぇか。」
と素直に褒めてくれたリヴァイに、エマもホッと胸を撫で下ろすのだった。
「よかった。気に入らないって言われたらどうしようかと。」
「前髪のひとつやふたつで文句は言わねぇよ。ありがとな」
満足そうなリヴァイを前にしてエマも自然と綻ぶ。
髪を切るのは緊張したけれど、なんだかまた一歩、リヴァイの内面に入り込めたような気がして嬉しくなったのだ。
「そういえば、なんで急に“髪を切ってほしい”なんて言い出したんですか?」
エマは思い出したように疑問を口にした。
そもそも神経質なリヴァイが人に散髪を頼むなど意外すぎるとさっきも思ったばかりである。