第37章 帰還、残された時間
「エマ、ひとつ頼みがあるんだが。」
爽やかなフレーバーティーを飲み終わったリヴァイが珍しくそんなことを言い出して、エマは少し驚いた。
「? なんでしょう?」
「髪を整えてくれねぇか?」
「……へ?」
リヴァイからのお願いなら何でも頼まれたいと思っていたのだが、まったく思いもよらないリクエストにエマは素っ頓狂な声をあげてしまう。
「髪を…整える……と言いますと…」
自分はおそらく、散髪を頼まれている。
けれど相手はあの神経質で潔癖なリヴァイだ。それがまさか、この期に及んで自分に髪を切れというのはどういう風の吹き回しなのだろうか。
「前髪が鬱陶しくてな。お前、意外と器用だろう。髪をかまうのも好きそうだったし…やってくれるか?」
「意外とって…。まぁ、髪型いじるのは嫌いじゃないですけど…」
先日リヴァイと出かけた時軽くヘアアレンジしていたから、きっとその事を言っているのだろう。
確かにヘアアレンジは好きだが、ペトラのように本格的なアレンジはできない中途半端な技術だし、切るとなるとまったく話は別。ましてや他人の髪を切るなんてしたことがない。
「あの、普通に散髪屋さんに行った方が…ほら、もし失敗したら取り返しつかないですし、せっかくの綺麗な髪が台無しに…」
「また伸びてくるんだ、多少失敗したっていい。」
「た、多少じゃないかもしれないですよ?」
「別に構わん。お願いだ。」
あのリヴァイがまさかの、“お願いだ”と言っている。
そこまで言われてしまえば、エマはそれ以上何も言えなくなってしまった。
何を思ってか知らないけれど、リヴァイはとにかく自分に髪を切ってほしくてたまらないらしい。
そこまでいうならもう諦めて、エマは大人しく首を縦に振るのだった。
「ほ、本当にいいですか…?」
「あぁ」
「あとで文句言わないでくださいね?」
「あぁ」
「私、本当人の髪切るなんて初めてで…」
「気にするな」
ハサミを持つ手が震える。
しかしリヴァイは腕を組みどっしりと構えていて、どうやら緊張しているのはエマだけらしかった。
丸椅子をリヴァイの目の前に置いて向かい合わせに座ったエマは、一度深く深呼吸をして、ゆっくりゆっくりハサミをリヴァイの前髪に近づけていく。