第37章 帰還、残された時間
「少しでも気を抜けばお前を縛りつけて、無理矢理にでも引き止めちまいそうだ。」
“エマを故郷に帰す”
彼女が平穏無事な日々を取り戻すためには、残された道はもうそれしかないと分かっている。
エマが攫われ身元が王政にバレたと知ってから、リヴァイはずっとそれを分かっていた。
でも、そう簡単に受け入れられるわけがないのだ。
エマが心当たりがあると言っていたシーナの古井戸は、リヴァイもよく覚えていた。
何せ、あそこへ飛び込もうとしたエマの手を掴んだのが他でもない自分だったのだから。その時の光景も、エマの手を掴んだ時の感触も、今でも鮮明に思い出せる。
試したこともないし根拠もないけれど、不思議とこういう予感は当たることの方が多い。
きっと、あの井戸はエマを連れ去ってしまうだろう。
そして、元の世界に帰ったエマはいずれ、忘れてしまうだろう。
この世界で自分と過ごしてきた日々を。
与えあった愛情も、己の存在も、何もかもすべて。
そう考えたら冷静でいられるわけがない。
本当は考えただけで、暴れ狂いそうなほどの胸の痛みが襲う。
けれど、
「だが強引にそばに置いたって、お前を幸せにできないことくらい分かってる。これは俺の自己満足にすぎない。だから、そうはしない。」
「……リヴァイさん…」
涙を溜めた瞳はこちらを向いたまま、苦痛に歪んでいた。
リヴァイはエマが膝の上で硬く結んでいた拳を、手の中に包み込んだ。
自分より小さな手は、リヴァイに護られるようにすっぽりと包まれ、たったそれだけでも愛おしく思えて、同時に耐え難いほどの苦しみが襲う。
こうして目の前のエマを“愛おしい”と思えることすら、叶わなくなってしまうのだから。
「お前がいつも通りにしたいって気持ちはよく分かる。俺も、お前と同じくらい…怖い。自分が正気を保てるのかさえ不明だ。」
エマは顔を上げたままで目を見開いた。
リヴァイの言葉に呆気にとられているようだった。