第37章 帰還、残された時間
“そうか”
そう一言だけ返し、リヴァイが向かったのはソファの隣の丸テーブル。
机の隅に寄せられた書類の束をおもむろに掴むと、本棚の空いたスペースに突っ込んだ。
「ごめんなさい。今日の分、まだ出来てなくて…」
「こんなものは少しくらい期限が過ぎたっていい。……まぁ、さすがに訓練まで放り投げるわけにはいかねぇが…」
「…え?」
リヴァイは振り返る。リヴァイの言動の意図が掴めず眉根を寄せるエマと、この部屋に戻ってきてから初めてまともに目が合った。
その双眸はどちらかというと自分の行動に対して否定的だと思った。
「執務はどうしてもの分だけ、この部屋でやる。執務室へは行かない。できるだけここにいる。」
「え、そんな…でも、」
「安心しろ。多少書類を溜め込んだって大した問題にはならねぇよ。」
「………」
「俺が好きで決めたんだ。お前に拒否権はねぇぞ。」
そこまで言っても、エマは煮え切らない様子だった。
不安げな瞳を寄越しては、何か言おうと開いた口をまた閉じたりして、落ち着かない。
「なんだ、嬉しくねぇのか?」
もっとかける言葉があるだろうに、口から出たのは意地悪とも取れるそれ。リヴァイは己の不器用さに心の中で自嘲する。
「嬉しいです……嬉しくないわけ、ないじゃないですか。」
エマはいつだって素直だ。真っ直ぐで純粋で、皮肉めいたことを口走ってしまう自分とは違う。
しかし、“嬉しい”と言ったエマの顔は言葉とは似ても似つかない。
リヴァイにも、今のエマが何を考えているのか分からなかった。
だって、エマは三日後にここを発つのだ。
自分たちに残された時間はもうあと僅かなのだ。
それならもう、一分一秒でも長く傍にいたい。
エマはそうは思わないのだろうか?
少なくとも自分はそう思う。本当は訓練も何もかも放り出して、ずっとエマといたい。
「ならなぜそんな顔をする。」
「そんな顔ってどんな…」
「まるでクソが詰まったみてぇな顔だ。お前、エマよ。一体何を考えてやがる?」
エマの本心が掴めなくて、そのままいなくなってしまうのは絶対に嫌で。
責め立てるつもりなどないのに、焦りと不安に駆られて詰め寄るようにしてしまう。