第37章 帰還、残された時間
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エマの心はここに在らずだった。
昼間、リヴァイとエルヴィンの二人と話を終えてから、とにかく何もする気が起きない。
リヴァイ達が来る前に片そうとしていた書類は、テーブルの隅に置かれたまま記入されるのを待っている。
何度もペンを握ってはみたけれど、動かす前にまた置いてしまうのを繰り返すだけで。
だからもうやめた。字を書くことを。それから暇つぶしに読んでいた本を読むことも、窓の外から景色を眺めることも。
——予算審議会で初めて憲兵団の兵舎へ赴いた時、シーナで見つけた古井戸。
今でも鮮明に思い出せるあの佇まいは、やはり故郷にある古井戸と酷似している。
帰れるかどうか試したことはない。けれどどうしてか分からないけれど、エマの中では当時から確信めいたものがあったのだ。
その井戸を見つけた時に感じた不思議な感覚が如実に思い出される。根拠はないけれど、きっと元の世界と繋がっていると、今となってもそう思わせて止まないのだ。
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リヴァイもエルヴィンもエマの説明を聞き驚いていた。
まさか兵舎以外にも、二つの世界を繋ぐかもしれない場所があったなんて、というリアクションだった。
「できることならここに居てほしい」
エルヴィンは、これは建前ではなく本音だと言ってくれた。
そう話す顔は強い後悔を滲ませていて、エマはそれが、エルヴィンの気持ちの全てだと察した。
つまるところ、エルヴィンがエマに話そうとしたことは、やはりエマが予想していた通りのことだったのだ。
「だが君の命を危険に晒してまで、この世界につなぎ止めておきたくないのも本音だ…」
壁外の人間だとバレてしまった以上、この世界にもう自分の居場所はない。
“私も、リヴァイも、そう思っている”
付け加えられた一言が、エマの胸をいっそう締め付けた。
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「エマ」
「!」
膝小僧に落としていた視線を上げれば、正面に立ちエマを見下ろすリヴァイの姿が。
部屋の中はいつの間にか夕暮れに染まり、一日の終わりを告げようとしている。
「お疲れ様です、リヴァイさん」
エマはソファの縁で小さく体育座りをしていたのを解き、ニッコリ笑ってリヴァイを労った。