第37章 帰還、残された時間
部屋にはエマ一人の声だけがこだましていた。
輪郭を持った音は空気を揺らしながらそれぞれの耳に届き、そして意味を持つ。
「……だから、帰ります。自分の家へ。」
エマが最後を結ぶと、エルヴィンの表情はぐっと辛みを増した。
感情をあらわにした、部下の前では決して見せないような表情。
リヴァイの顔はやはり見れなかった。
見たら自分がどうなってしまうか、エマ自身よく分かっていたからだ。
少し沈黙が流れた後、エルヴィンが何か言おうと口を開きかけたと同時に別の声がする。
「お前の考えてる事はよく分かった。だが知っての通りお前の世界へ繋がる穴は塞がっちまってる。どうやって帰るつもりだ?」
落ち着きを払った声色。
男が喋り終わって、エマは初めてその顔を見た。
じっとエマの目を見つめるリヴァイは、エマが想像していたよりずっと冷静で、どこの表情筋も緊張しないし緩まない。
確か出会ったばかりの頃はよくこういう顔をしていて、彼が何を考えているか分からないと、しばしば悩んでいたのを思い出す。
エマは今になって気がつく。一緒にいるようになってから、リヴァイは変わった。
喜怒哀楽が分かりやすくなったし、以前に比べたら思ったことをよく話してくれるようになっていた。
それが今ではどうしたものか。また最初の頃みたいに、彼のことが分からなくなってしまった。
この真顔の裏はどんな心境なのか。言葉の通りエマの話を受け入れているのか、本当は嫌だと思っていながらその本心をひた隠しにしているのか。
どちらにしろ、己の決断をサラッと受け入れたような発言にエマは衝撃と、確かなショックを受けていた。
どうやら自分は、リヴァイは一番に否定してくれるのではないかと身勝手にそう考えていたらしい。
「自分からそう言うってことは、他に帰る手立てがある…ってことなんだろ?」
リヴァイは静かにエマへ問う。
感情の読めない声はエマの心についた小さな傷を少しずつ抉る。
言ってしまうのなんて、嫌だ。
けれどここまで話しておいて、今更嘘をつく意味もない。
「………あります」
小さな声だったけれど。エマはリヴァイを見据え、はっきり答えた。