第37章 帰還、残された時間
「聞こうか」
エルヴィンはゆっくり瞬きをして、静かに頷いた。
透き通る碧はエマを真っ直ぐ見据え、何かを覚悟したような、そんな色を含む。
エマは意を決しエルヴィンを見つめ返した後、チラリとソファへ視線をやる。リヴァイと目が合った。
銀鼠色の瞳が映すのは、憂い?悲しみ?苛立ち?それらが混ざりあったもの…?
いずれにせよこんな表情はあまり見ないと、そこだけは何故か冷静に思う。
リヴァイにどんな顔を向けていたかは自分でもよく分からなかった。
情けない顔でなければいいけれど、堂々としていたという自信もない。
頭は変に冷静なのに、拍動は激しく肩は強ばり、身体は酷く緊張しているようだった。落ち着けといくら言い聞かせてもたいして効果は得られない。
それでもエマはしっかりエルヴィンを見て、告げた。
「エルヴィン団長……私…元の世界に、戻ります。」
口を開けば声は案外落ち着いていて。
エルヴィンは驚き慌てる様子こそないが、僅かに細まった瞳は苦渋が滲んでいるように見えた。
予想通りの反応だった。けれどどうしてかソファへは視線を向けることができない。
声すらしないが、エマはそれでも、空気でなんとなくリヴァイの気持ちを汲み取ってしまった。
きっと彼は、自分がこう決断することを知っていた。
「……」
何も言われないのは肯定されているからだと思った。
だからエマは続けた。平常心を失ってしまわないうちに、冷静さを保てているうちに。
「王政にまで真実がバレてしまった今、ここに留まり続けることは不可能だと理解しています。兵長の部屋に匿ってくれているのも、私を守るためだと…そう、理解しています。」
自分の意思で喋っているのに、まるで言葉に現実味がない。
だから苦しくないし、涙が出ないのかとエマは思った。
けれどその方が都合がいいかもしれない。
だって、こんなにもすらすらと気持ちを伝えることができるのだから。
「壁外へ追放され死んだ人間を、壁内で生かし続けることはできないです。もしこのままでいたら、団長や兵長、ひいては兵団の皆さんにまでまた多大なリスクを負わせてしまう。
…私は十分すぎるほど、皆さんに優しくしてもらいました。庇ってもらいました。だからもうこれ以上、皆の負担にはなりたくない…」