第36章 A ray of light
大切にしたい——いくらそう思っても現実は冷酷だ。そしてその道を選んだのは他でもない自分。
変革を求め、調査兵団の頭となってから、数えきれないほどの仲間の命を自らの手で選別してきた。
…いいや違う。こうなるずっと前に大切な家族の命を、私は——
「大切にしたいと気付いた時、すでにその人へ取り返しのつかない過ちを冒していたとしたら…その時、団長はどうしますか?」
問いかけは続く。灯りの影になって顔はよく見えないが、声は淡々としたまま。
「…本当に心から大事にしたいと思っているなら、聞かなくても分かるだろう。」
例え取り返しのつかない過ちをした後だとしても、誠意を持ちその人へできることを…ただそれは、命があればの話だが。
エルヴィンの回答にアデルは下を向き黙った。
太腿の横で握った拳が微かに震えていて、エルヴィンは男の気持ちをなんとなく悟る。
“後悔しているのか?”とは聞かない。そんなものは愚問だろう。
エルヴィンは男が喋り出すのを待った。
「……何で、ですかね…」
沈黙は唐突に破られる。
声は掠れ、酷く弱々しいものへ変わっていた。
「虚しいんです…ただひたすらに。ちっとも嬉しさも幸せも感じられない。地位を手に入れたって、復讐を遂げたって…」
「………」
「俺は……エマさんが好きだった。自分が思っていた以上に…大切にしたいと、そう思える人だった……」
震える声で紡がれる。やはりか、とエルヴィンは思った。
だが何も言葉をかけることはせず、ただ黙って男の零す本音を聞く。
「なんで……なんで俺はこんな事を…!全部全部、自分の思う通りいったはずなのに、なんでこんなにも……苦しいんだ……」
最後は消え入るような声で絞り出され、顔を上げたアデルは泣いていた。
「…その苦しみが、お前が傷付けた人の…エマの痛みだ。」
今更この男を諭す気は微塵もないが、言わずにもいられなかった。
「加害者は罪を意識したその瞬間から、被害者への懺悔や行いに対する後悔に苛まれ、その十字架を背負って生きるしかなくなる。」
エルヴィンがアデルへ向ける言葉は、ずっしりと重い。
アデルはハッしたような顔をした後、とても苦しそうに、辛そうに笑っていた。
彼が建物の屋上から飛び降りたのは、エルヴィンの元を去ってすぐのことであった。