第36章 A ray of light
「エマを傷つけたのはどこのどいつだ。」
リヴァイは感情を滲ませた低い声で、エルヴィンへ問い質した。
しかしエルヴィンはリヴァイから目を逸らし、真っ直ぐ前を見たまま答えようとしない。鋭さを増した視線がエルヴィンを射抜く。
「顔くらいは知ってるだろ?いくつか特徴が分かれば名前は特定できる。」
「………」
「おい…何とか言ったらどうだ。」
エマを犯した奴のことを知らないわけがない。
なぜならエルヴィンは、その一部始終を向かいの檻の中から目撃しているはずなのだから。
それを敢えて黙っているという事は、何か言い難い理由があるということだ。少なくとも自分が知る人物であるのは間違いないだろう。
リヴァイは思いつく憲兵の顔を思い浮かべた。元々そんなに知っている顔などいないのだが。
しかしそこにふと一人の男の顔が浮かび、リヴァイの全身の血の気が引く。
「!!…まさか……」
昨日エルヴィンから聞いた、エマを攫ったというあの男ならばやりかねない。
“以前から”エマに好意を持ち、“あの時”果たせなかった屈辱を晴らすために手を出したのだとしたら…
碧い瞳だけがこちらを向く。その瞬間、リヴァイの中で疑念が確信に変わった。
「エマを攫った、あの野郎か…」
地を這うような声は殺意を纏い、
「………そうだ。…アデル・モーラーだ」
肯定を聞くや否や、全身の血液がボコボコと音を立て沸き立つような感覚を覚える。
最低最悪だ。
まさかよりによってあのクズ野郎がエマを…
許せない。
「そいつの居場所はナイルに聞けば分かるのか?」
いてもたってもいられるわけがない。
「それは」
「あの時殺しておくべきだった」
いや、今からでもアイツを殺す。
でなければこの怒りは収まる気がしない。いや、収まらない。
エマが受けた以上の苦しみを味わわせた上で、必ず。
「エルヴィン、俺は今から憲兵団に行」
「リヴァイ待て」
エルヴィンの落ち着きを払った声がさらに怒りを助長する。
完全に冷静さを欠いたリヴァイは、火のような憤激に全身を戦慄かせ、一歩を踏み出していた。
「待て!」
瞬間、張り上げた声が部屋に響き渡る。
立ち上がったエルヴィンを、リヴァイはギロリと睨み上げた。