第36章 A ray of light
「さっき頼まれたやつだ。」
リヴァイはサインした書類をエルヴィンの前に差し出した。
「助かる」
忙しなく動かしていた右手を止め、こちらを向いた男の瞼にはまだ少し腫れが残っている。口元の痣も。
兵舎に戻ってきてまだ二日だが、既に何事もなかったかのように仕事をこなす姿を見てリヴァイは複雑な思いを抱く。
エマの考えに沿い、彼女の素性を知らないまま入団させたと主張したことで不問となったエルヴィン。彼がどんな気持ちで偽りを述べたのかは想像に難くない。それも含め、今回の一件はかなり堪えたはずだ。
「どうした?リヴァイ」
書類を渡しても机の前から動こうとしないリヴァイを、エルヴィンは不審に思って問うた。
「エマが目覚めた」
答えれば、碧眼は少し見開かれる。エルヴィンはペンを置き、リヴァイに向き直った。
「様子は?」
「酷ぇ靴擦れと足裏の裂傷以外、特に問題ないと思うが…念のため今医務官が診察中だ。」
「一緒にいてやらなくていいのか?」
「ハンジに頼んだから心配いらねぇ。…それよりエルヴィン。お前にひとつ聞きたいことがある。」
「何を?」
「昨日聞いたエマの話で、どうしても気がかりな点がある。」
リヴァイがそこまで言うとエルヴィンの片眉が僅かに上がり、表情が曇る。
「のんびり茶を飲んで話す話ではなさそうだな。」
「あぁ…その通りだ」
エルヴィンの顔を見て、やはりか、とリヴァイは直感した。エルヴィンは恐らくこれから何を訊かれるか分かっている。
エルヴィンはエマのことは全て自分に話したと言っていたが、実際はまだ語られていないことがあるはずだ。
何故話さなかったのかは分かる。きっとエルヴィンなりに、エマと自分の双方に対して気遣ったからこそなのだと。
だがあんな風に取り乱したエマを目の当たりにしてしまっては、最早その問題に目を瞑ったままではいられない。
嫌な緊張と焦りが入り交じったような、とにかく落ち着かない気分だ。答えはほぼ分かっているが、実際エルヴィンの口から聞いて黙っていられるだろうか?
腰掛けているエルヴィンを見下ろしながら、リヴァイは単刀直入に問う。
「あいつが受けた拷問は水責めだけじゃねぇんだろ?」
碧い瞳が、リヴァイから逸らされた。