第36章 A ray of light
——コンコン
エマの拒絶がこだました直後、軽快なノック音が響く。
重苦しくなりかけた部屋の空気が少しばかり元に戻った。
パッと目を開けたエマにリヴァイは言葉をかけることはせず、少し見つめたあと、ベッドから降りた。
訪ねてきたのは気遣わしげな顔したハンジだ。
「エルヴィンがどうしても今日これだけ、サインが欲しいって」
「…あぁわかった。」
「それとエマの様子はど…え?!お、起きてる?!」
リヴァイの頭の上から奥を覗いたハンジが、驚きで大声を上げた。
ベッドの上で縮こまるエマもまた吃驚しているようだ。
「起きたの?!エマよかった…!」
「おいハンジ。入っても構わんが、いつもの調子でエマに絡むな。」
無遠慮に部屋へ入ろうとするハンジをリヴァイは片手で制しながら告げると、赤茶色の瞳はもう一度エマを捉え、何かを悟ったように静かになる。
興奮するとすぐ周りが見えなくなるハンジにも、今回ばかりはリヴァイの言いたいことは伝わったようだ。
ハンジはエマに歩み寄った。リヴァイはテーブルに貰った書類を置き、そこから様子を眺めていた。
「エマ、良かった。目を覚まして。」
少女はヘッドボードに背をくっつけてギュッと身を寄せている。潤んだ大きな瞳が見上げた。
「ハンジさん……」
その目は先程のような怯えは消えていたが、未だ不安は浮かべたまま。
これまでのエマとは様子が違うのは、ハンジにだって嫌でも理解できてしまった。
「気分はどう…?もし何かあれば、些細なことでもいいから何でも言って?」
ハンジはベッドの縁に浅く腰掛け、座り込むエマと目線を合わせながら微笑みかけてみせる。
「ありがとうございます…ちょっと体がだるいくらいで、あとは特に問題ないと…」
ハンジに対して普通に受け答えしているし、どうやら取り乱していたのは落ち着いたらしい。
しかしリヴァイは何か言うでもなく、エマとは距離を取ったまま、二人のやり取りを見ていた。
この時リヴァイは、エルヴィンから聞いたエマの拉致に関する一連の話の中で、ずっと引っかかっていたことが確信に変わったような気がしていたのだ。