第36章 A ray of light
リヴァイが何事かと振り返れば、思い詰めたような顔をして自分の服の裾をつまむエマの姿が。
「どうした」
「…い、かないで」
消え入りそうな声で呟くエマ。
水を取りに行くと言っても数メートル先のテーブルまで行くだけだ。
「あそこの水差しを取りに行くだけだ。それに服も汗で濡れてるだろ。いつまでもそのままじゃ風邪を引く」
リヴァイが説明しても、エマはいやいやと首を振る。
まるで自分勝手に駄々をこねる子供みたいだが、エマがそうなってしまうのは無理もない。リヴァイはそう思って、ベッドの縁に座り直した。
頭を撫でると裾を握る手に力がこもる。
リヴァイから目を逸らした顔は不安そうで、だからもう一度胸に頭を寄せてやると、少し体の緊張が解けた。
「………」
今から二日前に戻ってきたエルヴィンに、リヴァイは全てを聞いていたのだ。
エルヴィンの話は大方自分の想像していた通りだった。
けれど事実それが本当にエマに対して行われていたことだと分かると、胸は張り裂けんばかりに辛く痛んだ。
身体を拘束されて昼夜も分からないような場所に監禁され、人間らしい生活を取り上げられたうえに、度重なる拷問と尋問。
そして身一つで壁外へ放り出されたこと。
例え鍛え抜かれた兵士であっても、諜報員などそっちの道に精通している者でなければ心身に受けるダメージは相当だ。
それを一般人のエマが受けたのだ。そのショックは計り知れない。
いくら頭では地獄から開放されたと理解できても、すぐに心がついていかないのは当たり前だし、下手をしたら一生癒えない傷を負わせてしまったかもしれない。
エマを癒すにはきっと長い時間が必要だろう…それに、
「ごめんなさい。私わがままを、」
リヴァイの思考はふいに入ってきたエマの声によってかき消された。
顔を見ると、今度は大きな黒い瞳がしっかりリヴァイを捉えている。さっきより幾分安心したようだ。
「気にするな。だがさすがに何か飲まねぇとまたぶっ倒れちまう。」
“待てるか?”と聞けばコクリと頷いた。リヴァイは水と着替えを取りに行きすぐに戻った。