第36章 A ray of light
石造りの廃屋の隅で、エマは息を殺していた。
遠くで聞こえていた足音がじわじわと近づいてくるのは気のせいなんかではない。
「ッお願い……来ないで…」
エマはリヴァイの言いつけ通り、部屋の中で身を潜めていた。もちろん窓やドアから顔を覗かすこともせず。
しかし何の気なしにエマが部屋の隅から窓の外を見た時、本当に偶然、巨人の顔が見えたのだ。
そして不幸にも目が合ってしまった。
最初は気のせいだと思ったのだ。
けれど数百メートル先にある巨人の瞳は、窓越しであろうとエマを確かに捉えながら一直線に向かってきたから、そう思うのは無理があった。
窓から見えない死角に移動しても、巨人の足音は止まないどころか次第に大きくなる。地響きで家が揺れだした。
まさかあんなに遠くにいながらよく自分を見つけたものだと、その視力の良さと獲物への執着心に驚きつつ、恐怖は一段と大きくなる。
外へ出て逃げるべきか?
でももしすぐそこまで巨人が迫っていたら─?
必死に考えてもどうするのが正しいのか分からなくて、エマは結局部屋の隅から一歩も動けないでいる。
そうしてモタモタしているうちに、最も恐れていたことことが起こってしまった。
「ひぃっ!!」
窓から、つぶらな瞳が嬉しそうにこちらを見つめている。
ガラス一面に不気味な微笑みが貼り付いて、エマは自分の置かれた状況に再び絶望した。
さっきは助けてくれたリヴァイも今はまだきっと戦闘中で、他の皆も必死に戦ってくれている。
自分でどうにかしないといけないのに、腰は抜けて立ち上がることすら叶わない。
〝絶体絶命〟
その四文字だけが頭を支配して、何をどうすれば良いのか、もう何も分からなくなってしまった。
そして、
ガッシャアアアアン!!!
「キャアッ!!!」
追い打ちをかけるように、巨人の腕がエマのいる家屋目掛けて振り下ろされた。
子供が楽しそうに積み上げた積み木を崩すように、腕が横へスライドする。
石造りの頑丈な屋根も壁も、いとも簡単に破壊してしまう圧倒的な力を前に、エマは縮こまって頭を両手で守るくらいしか出来なかった。