第36章 A ray of light
その瞬間、エマの中に蘇る忌々しい記憶。
—エマさんっ、あぁ…俺っ、幸せ…—
—俺の、全部受け止めてっ—
無理やり埋められた質量、恍惚を浮かべる男、中に注がれた、熱。
忌々しい記憶…それは地下牢でアデルに身体を開いた時のことだった。
「ッ!! 」
「動くな」
無意識に男の手を振り払おうとしていたのだ。
憲兵に鎖を引っ張られ動きを抑制される。鉄の輪が手首に擦れてヒリヒリと痛んだ。
「はぁっはぁっ…ぅっ…」
激しい嫌悪感に吐き気まで催したが堪え、エマは顎を掴む小太りな男をキッと睨んだ。
体は震え、目には涙が滲むが、それでも何とか精神を保とうとただ必死で。
**
アデルに抱かれた日。
エマは心を殺し、ただじっと耐え忍んだ。
全てはエルヴィンと考案した作戦のため。
その努力の甲斐あって、アデルから無事情報を得られた。
一般兵から果たして聞き出せるのか不安だったけれど、運良くアデルは内情を知っていた。
行為後で気が緩んでいたのか、こちらの意図に気付きもせず、隠れてメモをとるエルヴィンにも聞こえるくらい堂々と喋ってくれたアデル。世話係が来ると見張りは休憩に行くため、他の憲兵の目に触れることもなく。
そうして処分の内容と刑執行までの流れを把握し、その後エマはアデルに自白したのだ。
「本当に認めちゃった……は、はは…エマさん、いいの?死んじゃうよ?」
アデルは一瞬驚いたが、笑った。
でも声は何故か震えていて、その理由は分からなかったけれど、きっと突然の自白に動揺したんじゃないかと、エマはそう解釈した。
それからエマはすぐにエルヴィンと離れ離れになった。
地下牢を出て、今度は長い螺旋階段を登った先にある部屋に入れられたのだ。
そこは〝部屋〟だった。
牢屋ではなかった。
ふかふかのベッドとソファ、シャワー室(入る時は女性兵士に見張られながらだが)に、地下牢の時よりも随分と豪華な食事。
言わば、それまでとは正反対の環境。
拷問もなくなり、着るものも踝まである白いワンピースを身につけさせられ、身なりもだいぶ綺麗になった。
手枷は外れなかったが、それを抜きにしたら外見だけでは処刑を控えた囚人だとはとても分からない。