第35章 届かぬ掌 ※
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これで懐中時計を覗くのは何度目になるだろうか。
壁上から望む漆黒に包まれていた大地も、気がつけばその輪郭をぼんやり映し始めるまでに時は進んでいた。
外門の真上はさすがに不用心過ぎるため、エルドとグンタを外門付近の壁上で見張らせている以外は、リヴァイも含め外門から離れた壁の上で待機している。
「……」
リヴァイは景色に向き直り、目をグッと細めた。
それは、空が白み出して眩しいからではない。
……おかしい。
エルヴィンの手紙によると、もっと暗いうちにエマはここへ到着するはずだったのに、あと数十分で朝日が昇ろうとしている。
「どうなってやがる…」
リヴァイは焦りを募らせていた。
もしかして、他の場所で執行されるのか?
いや……これまでの調査で、巨人は南から襲来することが分かっている。なら壁の中でも最南に位置するここトロスト区が一番勝手がいいはずだろう。わざわざ他の場所を選ぶとは考えにくい。
なら、刑執行の日時が変わったのか?
もしそうだとすれば、このまま待つ他手段はない。今更 新たにこちらから情報を盗みに行くには時間もないし、下手したら作戦がバレるかもしれない。
何日掛かろうとエマが現れるその時まで、辛抱強く待ち続ける他ないのだ。
……いずれにせよまだ動き回る段階ではない。
焦って下手に動いて、万が一エマを救えないようなことがあれば本末転倒だ。
もう少し…もう少しだけ待て。
不安と焦燥感の中何とか冷静を保つ。
その間にも天と大地の境界は少しずつ明確になり、刻一刻と夜明けが迫る。
地平線を見つめる瞳が一際鋭くなった時、リヴァイは近づく人の気配を感じた。
「兵長!来ました!」
「っ本当か?!」
思わず前のめりになった。待ちに待った吉報に、早くこの目でエマの姿を確かめたいと焦りが全面に出る。
しかし進もうとした体はグンタに止められた。
「外門へ近づいてはダメです。ペトラ達がいる場所まで下がってください!」
「何故だ?」
リヴァイは低い声を出した。邪魔をするなとでも言いたげな目をして。
それに一瞬怯んだグンタだが、しかし負けじと強い口調で制止した。
「中央憲兵と王政の者何人かが、外門付近の壁上に上がってきているんです!」