第35章 届かぬ掌 ※
リヴァイは指の隙間から覗く瞳をナイルへじっと向ける。
「…ナイル。何故エマの居場所を俺たちに教えてくれた?」
エマが失踪した翌日、早馬を出し彼女が中央憲兵に捕まったと教えてくれたのはこの男。
ナイルから連絡がなければ、こうしてエマを救い出す作戦を用意することなどできなかっただろう。
しかしナイルはエマと顔見知り程度で、特別交流があったわけでもない。言わばほとんど他人のようなものだとリヴァイは思っていた。
その彼が一体なぜ?
自ら首を突っ込んで面倒事に巻き込まれたら、自分も飛び火を食らうかもしれないというのに、そのリスクまで犯して何故協力してくれたのかがリヴァイは分からずにいたのだ。
しかし、男の答えは至ってシンプルなものだった。
「…俺はエマのことは正直よく知らないし、壁外人類であるなら、本来ならお前らの作戦に加担することなど許されない立場だ。
……だが、大事な同期が大切にしている部下の命を見過ごす程、冷血な人間にもなれなかった…それだけだ。」
強い意思を宿す瞳。
それは予想だにしない答えで、吃驚したリヴァイの切れ長の目は丸まった。
糞人間の掃き溜めだと思っていた憲兵団……だが、どうやらそのトップにだけは信頼を置いてもいいらしい。
「そうか…礼を言う」
「お前達に早馬を出した翌日、エルヴィンからも知らせが届いて、今回の作戦を知った。あいつは自分が中央へ連行されたら、すぐに何とかして俺に自分の元へ来るよう頼んでいたんだ。」
続けるナイルにリヴァイはさらに目を丸くする。
「ハッ…エルヴィンの先見力は怖いくらいだな………にしてもあいつの打つ博打には毎度振り回されてばかりだ。」
呆れと自嘲混じりで独りごちるリヴァイに、ナイルも同じような顔をして相槌を打った。
「まったくだ……だが、こうしてお前に伝えることができた。」
“そうすれば、彼女を救えるんだろう?”
伏せていた瞳がゆっくりリヴァイに向く。
リヴァイはその目を静かに見据えた。
最悪なシナリオであっても、最悪な結末にはしない…絶対に。
「当たり前だ」
必ず俺が、この手でエマを救い出す。