第35章 届かぬ掌 ※
大した会話もなく食事は続き、とうとう最後の一口を飲み込んだ。
何か少しでもアデルから聞き出さなければ…だがしかし怪しまれるようなことはあってはいけない。
そう考えると慎重になって、エマはなかなか自分から話題を切り出せずにいる。
そんな時だった。
「……なんで、」
アデルが湿ったエマの髪を手櫛で梳かしながら呟いた。
「人生って上手くいかないことばかりなんですかね。」
「……こうして憲兵団に入れたじゃない…」
口をついて出た言葉は皮肉めいてしまったが、アデルは突っ込む様子もなく芯を失った声で続けた。
「ハハ…そうなんですよ、念願叶った。…だけど、全然満たされない」
「…どうして」
「そんなこと、もうどうでもよかったみたい。子供の頃からの夢だったのにね。」
「……」
「それよりも、もっとやりたいことがあったんですよ…」
頭上の手がするりと肩に落ちて、次に発した男の声は震えていた。
「あなたが俺を狂わせた。」
それは泣きそうでなのか、怒りが滲み出たからなのか、それとも昂りを押さえつけているせいなのか区別もままならない。
そして男の言葉には身に覚えがある。
「エマさん、あなたは…憲兵になれず自棄になってた俺を照らした、唯一の光だったのに……それを掴むことを許してくれなかった…すごく辛かった…苦しかった……」
「ぇ……」
エマの声も震えた。それは確かな恐怖のせいだ。
この男は一体、何を……言っているの。
「あなたには…俺と同じだけ苦しんでほしかったんだ。あなたの恋人にも。」
「!」
「やっぱり俺はエマさんが欲しくて欲しくて堪らない。けどもうどうせ手には入らないんです。だったらせめて…俺と同じ苦しみをあんた達にも味あわせたかった。」
手が首に巻きついて、小指から順に力が加わっていき、エマの喉はヒュッと鳴る。
悍ましいほどの恐怖に身は勝手に強ばった。
「ハハ、狂ってるでしょ?でも、俺をこうしたのは他でもないあんたなんですよ……本当に腹が立つ。だからもっと苦しんでよ…」
「ッ!!」
瞬間、視界が反転し、天井いっぱいに男の顔が。それと同時に床と背中の間に腕が挟まれ押し潰されて、痛みで顔が歪む。
仰向けのエマに男が馬乗りになっている。