第35章 届かぬ掌 ※
「ペトラ、ご苦労だった。もう下がっていい。」
「あ、はい!」
キッチンに行こうとしていたペトラを退出させ、リヴァイはナイルへ向き直る。
「そっちからここへ来たってことは…事態は待ったなしになった、ってわけか?」
「リヴァイ……」
男の思い詰めたような顔を見てリヴァイはすぐに察しがついた。
やはり事態は思わしくない方向に動いているのだと。
「…話を聞かせてくれ」
一一一一一一一一一一一一一一一一
「——ッ、ゲホッゲホッ!ゴホッッ!!」
「…フフ、なかなかやるじゃない。ダメな子は一日も持たないっていうのに。」
白く霞そうな視界の中で、真紅の唇が妖しく口角を上げる。
エマは女を見上げた。
………負け、ない…
「あら!随分と強気な目だこと。昨日はさんざん怯えてたってのにすごいわ!骨のある子は好きよ?」
エマはヴェローニカを睨んだが、女は依然愉快そうに笑っている。
「でもねぇ…もっと好きなのは、貴女みたいな人が堕ちる瞬間なの。僅かな希望さえ摘み取って、残されたのは絶対的な絶望だけだと気付いた時、その人間は地の果てに堕ちる。
……その時の顔ってね、物凄く美しくて儚いのよ…」
ピタ、と濡れた頬に添えられた掌は温度を感じない。
目前に迫る表情は恍惚。だが瞳の奥は冷酷で、残虐で、それはまるで人の形をした…
「悪魔……」
絞り出した声は、憎悪に満ちていた。
予想に反した発言だったのか、ヴェローニカは驚いた顔を見せる。しかしそんなのは一瞬で、次の瞬間には目を細め口角を高く吊り上げた。
「アッハハハハハ!!すごい!エマちゃんって本当に面白い!昨日とは別人さんじゃない!そんな言葉、貴女の口から出てくるなんて思いもしなかったわ!」
不快な高音にエマは顔を顰めた。すると顔を近づけたままのヴェローニカの声がワントーン低くなった。
「フフ…ハハハ。想像以上に楽しませてくれるわね、本当。こっちも堕としがいがあるわ…」
「——ッ!!!」
その瞬間、エマは水中深くへ沈んだ。
ヴェローニカの両手がエマの頭を思い切り沈ませたのだ。
「さぁて?その威勢がどこまで続くのか私に見せてちょうだい。
」
——アハハハハハハハハ!!