第35章 届かぬ掌 ※
一私が素性を隠して調査兵団に入った、ということにしてください一
一団長は、今日の今日まで知らなかった。私が真実を語るまで、何も知らなかった……そう答えてください一
一もうそれしか、残された道は一
「………」
何度も何度も、エマの言葉が繰り返される。
動かぬ証拠が憲兵の手に渡ってしまった。
それを知り、エルヴィンもエマと同じことを思った。何を言ったって憲兵を納得させることは出来ないと。
しかし心がそれを認めたがらなかった。
もし認めてしまえば、エマは……
だから、エマの口から語られて、冷静でいることなんて無理だった……感情的に反論もした。
だがエマは落ち着いていた。取り乱しかけた自分に微笑みかけてすらいたのだ。
一あなたの命の方が大事です。それくらい、私だって理解しているつもりです一
そう言った時のエマの笑顔が、脳裏にこびりついて剥がれない。
彼女は真実を語ることを決めた。
彼らの前で認め、俺には壁外人類であることを隠したまま入団したと明かすと、そう決めた。
そうすれば俺に罪は問われないと……俺と、調査兵団を守るためにはそれが一番いいのだと、そう言って。
“等しく平等にある命だが、調査兵団の命には優先順位がある”
いつだったか、エマとよく早朝に会話をしていた頃、彼女にそう話したのは俺だ。
“トップの命が最優先。何があっても、司令塔を失ってはならない”
深い後悔。
あんな話をしなければ、彼女はこんな選択をしなかったんじゃないか…
何とか説得したかった。
けれど何も無かったのだ……エマが言った案以外、有効な解決策は、何も。
このままいけば、自分が想定した最悪のシナリオを進むことになるだろう…
この時ばかりは己の賭けの強さに心の底からうんざりした。
しかし、もたもたしている時間もない。そのうちに見張りが戻って来てしまうかもしれない。
だから俺は、力づくで引き止めたい気持ちをグッと押さえつけ、意を決した。
そして用意していた切り札を、切る。