第35章 届かぬ掌 ※
「団長。私、どうにかやってみせます。」
この危機を乗り越えられるかもしれないなら、その可能性に賭けたい。そのために出来ることは何だってやる。
「エマ…」
しかし碧い瞳は揺れた。声色にも微かに迷いが見え隠れしているように感じて、
「何か、心配事が…?」
エマは気遣わしげに訊ねた。
するとエルヴィンは目を伏せ数秒何かを考えるように黙り、再びこちらを見た。その表情から見てとるに、どうやら予想は的中したようだ。
「ひとつだけ……君が壁外人類である証拠を、憲兵に握られているという話は聞いているか?」
「!!」
エルヴィンの言葉に、記憶の隅からアデルが持っていた四角く黒い物体の存在が呼び起こされる。
エマの自室から盗み取られた、揺るがない物的証拠。
何故、こんなに大事なことを忘れていたの…
「……聞いているんだな。策を練る前に、その話を聞いておきたい。話してくれるか?」
「っ……」
……無理だ。
アレが憲兵の手に渡ってしまった限り、いくら情報をでっち上げたって…
せっかく…せっかく光明を見い出せそうだったのに、一瞬で闇に引き戻される。
這い上がれそうもないどん底が、また目前に迫る。
闇を彷徨う中、名前を呼ぶ声がして我に返った。
ぐにゃりと歪んだ視界が心配そうなエルヴィンを映す。
大量の冷や汗をかいていたエマは震える声で話した。
「………スマートフォンです……それを、私の部屋から盗まれて……」
希望の欠片もない。
「それは、前に一度見せてくれたあの黒い板のことか?」
「……はい」
「そうか…」
「………」
黙ったエルヴィンをじっと見つめた。
険しい顔をしていて、恐らく自分と同じ事を考えているんじゃないかと思った。
この証拠を掴まれてしまっては、どう足掻くこともできないと。
だって、アレをどう言い訳するというのだ。
電気も通っていないような世界で電子機器が存在出来るはずもない。
…やはり無理だ。
私が壁内人類だと嘘の情報をでっち上げること以前の問題だ…
「…エルヴィン団長、」
「待て、大丈夫だ。何か他の案を…」
「団長」
尚も懸命に頭を捻ろうとするエルヴィンを、 エマは強い声で制した。
その漆黒の大きな瞳には、ある決意が滲む。