第35章 届かぬ掌 ※
危機を…脱する……?
エルヴィンの発言にエマは耳を疑った。
だが澄んだ碧色は、こんな状況下でも諦めない意思を宿している。
「寝たふりをしながら観察していたが、見張りはさっき誰かに呼ばれてここを去った。驚いたが…完全に気が緩んでいる様子だった。動かない私たちを疲れて眠りこけていると思い込んだのか、気にすることもなく出ていったよ。」
突如降った希望への期待で、胸が高鳴る。
恐らく一度きりのチャンス。これを活かさないわけにはいかない。
「エマ、いつ戻ってくるかも分からないから話はなるべく手短に。…やれるか?」
エマはギュッと目を瞑り、そして開けた。残っていた涙が流れ落ち、再び流れることはもうない。
「はい」
エルヴィンに向き直り、大きく頷いた。
「ありがとう。…とは言っても具体的な策はこれからだ。
二人とも助かるには中央憲兵の疑心を晴らさなければならない。エマが壁内の人類だとどうにか証明できれば一番いいのだが……」
「……私の身元は隅々まで調べあげられていました。出身地としているトーリアには、私に関する一切の情報がないと彼らは知っています…」
「やはりそうか……だが情報がない方が都合がいいこともある。」
「それは、どういう…」
「例えば誰かに協力を仰いで、今からでも君の情報をでっち上げてしまう、とかな…」
「そんなことできるんですか…?」
「やってみる価値はある。」
はっきり言うエルヴィンは絶望の中でもどうにか希望を見出そうとしていて、とても心強く思う。
皆が彼について行きたがる気持ちが、改めてよく分かった気がした。この人になら、不透明な未来だとしても信じてついていきたいと思う。
しかしその時、ひとつの疑問が湧いた。
「でもそうする為には誰かにコンタクトを取る必要が…」
監禁されているのにどうやって…?
エマは不安げに問うたがエルヴィンはそうでもないようだ。
「そこは事前に手を打ってある。」
「え?」
「だが時間が惜しい。君をまたあんな目に遭わせる前にどうにかしたいが…それが叶うかどうかは微妙なところだ。」
つまり作戦成功への布石を発動させるには少し時間がかかるということだ。
そういうことなら…と、エマは腹を括った。