第35章 届かぬ掌 ※
苦しい…
助けて、苦しい、苦しい、くる、し……
「……ぷはっ!!ハァーッ、ハァーッ、」
後頭部から手が退き、エマは勢いよく頭を上げた。酸素を追い求めて必死に呼吸を繰り返す。
「まだよ」
「っ!!」
「なぁにその目?貴女が選んだんでしょう?喋るか、コレに耐えるか。」
腕を組みエマを見下ろすヴェローニカの眼差しはやはり冷たく、だがその瞳の奥は愉しそうだった。
「三回目、行こっかぁ?」
「っゃ…」
エマはもう、たらい桶いっぱいに張られた水面を見ただけで、動悸と震えが止まらなくなっていた。
まるで他人に命を握られているような感覚。気がおかしくなりそうだ。
また突っ込まれる…そして溺れる寸前まで顔を上げることは許されない。
脱獄未遂の罰と、口を割らせるための拷問が始まったのだ。
罰はもちろんエマ本人に対してのものだが、拷問はエルヴィンに対してでもあった。
「ほら、あんまり辛い顔見せたら団長さんが心配するじゃない。部下ならシャキッとして、上官を安心させてあげなくちゃ。」
「エル…っふぐっ!!」
また強制的に沈められる。
「アハハハハ!ねぇエマちゃん?団長さん泣きそうな顔してるわよ…もう早く楽にしてあげようよ?」
ゴボッと大きく息を吐いてしまった。
マズい、このペースではすぐに酸素が足りなくなる…
一今日から5日間、この水責めに耐えられたら団長さんを解放してあげる。あぁ、それが嫌なら本当のことを喋ってくれても同じように解放してあげるけど。
どっちがいい?一
負けてはダメだ……団長を救わなければ…
ヴェローニカは二択を用意していたが、エマは後者を選んではダメだとすぐに思った。
だって真実を口にしたら、後で確実にエルヴィンに追求がいく。そうなればエルヴィンの信用、ひいては調査兵団の信用までも失われることになる。
そんなことは何としてでも阻止しなければ。
だが、自分で呼吸をコントロールできない辛さは想像以上だった。こんなものを永遠に続けられたら、そのうち死んだ方マシだと思ってしまうかもしれない。それくらい苦しくてたまらない。
しかし幸い自分には5日間という期限がある。エマはそこまで耐えるつもりでいた。
絶対にここで屈するわけにはいかない。