第35章 届かぬ掌 ※
“故郷”…彼らが言う故郷とは、すなわち壁の外のことだ。
彼らの中で疑惑が確信となったとき、自分は壁の外……つまり巨人のいる場所へ放り出されるのか…
それが何を意味するのか分からないほど、エマは無知でも馬鹿でもない。
しかし不思議と恐怖は湧かず、頭の中は何故か冷静だった。
エマの意識は今、自分になど向いてはいないのだ。
そんなことより、そんなことより一…
「おい、何だよその目は」
耐えられない。
「……」
自分のせいでエルヴィンを巻き込んでしまったことが。
「言いたいことがあるなら口使って言えよ!なァ?!」
自分のせいでエルヴィンが傷付き、屈辱を強いられるのが。
また拳が飛んで、エマは涙を撒き散らしながら叫んだ。その声は最早悲鳴に近い。
“お願いだからやめて!!団長は悪くない!私が!私がっ!!”
「あらあら、随分と派手にやってるじゃない。」
そこへ突然、漂う殺伐とした空気を切り裂くような甲高い声が響き、エマは反射的に口を噤んだ。
視線を泳がせながら恐る恐る上を向くと、2つの牢獄の間の通路に一人の女が立っていた。
「貴方が調査兵団の団長さん?随分と綺麗なお顔してるのね…惚れちゃいそう。」
女はエルヴィンの方を見ながらうっとりした声を出す。顔はエマからは見えないが、微笑みを向けているのが声色から感じ取れた。
「あーあ、ざーんねん。是非お相手してあげたいところだけど、今回はこっちの子を可愛がってあげなくちゃいけないのよね。」
“ごめんなさいね?”と猫撫で声で言った後、女は振り向いた。
「初めましてエマちゃん。私はヴェローニカ。よしくね?」
「……」
冷淡な。という表現がしっくりくるだろうか。
切れ長の瞳に通った鼻筋、真っ赤な紅が引かれた厚めの唇は艶やかで端麗な女性だ。
だがニコリと笑うその顔に感情はなく、冷たく氷のようだと感じた。
「フフ。貴女、気が小さそうな顔して随分と大胆なことするのね。脱獄だなんて…私がここに来るって、相当よ?」
口角を吊り上げ楽しそうにお喋りしながら、ヴェローニカは扉を解錠する。
その後ろからガラガラと何かを運びながら、女以外にも数人がエマの牢屋へ入ってきた。