第35章 届かぬ掌 ※
「この女が調査兵団兵士長の秘書なのは間違いはないか?」
「………」
「この女の身元について知っていることを話せ。」
「………」
そばにいた憲兵が質問するが、エルヴィンは視線を落とし一点を見つめたまま黙り込んでいる。
すると髪を掴んでいた憲兵が大きく舌を打ち、イライラした様子で喋り出した。
「またダンマリかよ。大事な部下を目の前にしてよくそんな態度でいれるなァ?!」
ードゴッ!!
「んーっ!!んん゛っ!んーっ!!」
エルヴィンの腹に蹴りが入って、エマは声を上げた。
全くもって言葉になどならないがそんなのは関係ない。必死に身を乗り出し“やめて”と何度も叫ぶが、しかし暴行は無慈悲に繰り返される。
ドカッ!ドゴッ!バキィッ!!
“グウ゛ッ”と濁った呻き声とともエルヴィンが床に倒れ込んだ時には、エマの両目からはボロボロと涙が溢れていた。
やめて…やめて……やめて………
「見ろよ団長さん。あいつ泣いてんじゃねぇか。可哀想だとは思わねぇのか?さっさと喋って、あいつを解放してやったらどうだ?」
暴行を加えた男が再び髪を掴んで無理やり顔を上げさせている。
屈強なエルヴィンが苦しそうに顔を歪ませ息も絶え絶えな姿は痛々しすぎて、見るに耐えられない。
「……………解放、して…どうする、つもりだ…」
「あぁ?そりゃあてめぇ、あいつの故郷に…壁の外に帰してやんだよ。」
「!!」
「おいお前!それは言っては」
「いやいい。こんな無駄なことに大事な血税を使ってちゃ市民の皆様に怒られるだろ?だからこういうことははっきりと教えてやって、早く終わらせた方がいいんだよ。
なぁ?団長さん。あんたが認めてくれりゃあんたも、あの子も苦しまず解放してやれるんだぜ?」
暴行した男は髪を掴んだまま、エルヴィンの顔を覗き込んだ。
その心底愉快そうな表情を見て、エマの胸には激しい憎悪が湧く。
腐ってる……こんな愉しそうに人に暴力を奮うなんてまともじゃない!
爪が皮膚に突き刺さるほど拳を握りしめ、布をギリギリと噛みながら男を睨みつける。
すると男はこちらに気が付き、ニヤリと不気味な笑みを浮かべながらエマを見やった。
「お前もこんなところ早く出たいよなぁ?早く、安心する“故郷”に戻りてぇよなぁ?…クク」