第35章 届かぬ掌 ※
足音は一人分ではなく複数だ。今まで複数人がここへ来たことはない。
……こっちへ向かってくる。
エマは緊張しながら、じっと通路の奥を見つめた。
何の用でここへくるのか…色々と考えを巡らすが嫌な想像しか浮かばない。大きくなる足音に緊張はピークに達した。
コツ、と靴音が最接近する。その顔が見えた瞬間、エマは目を疑った。
現れた人物はエルヴィンだったのだ。
重たい鎖が床に落ちた。ベッドから飛び降り駆け寄ろうとしたが体は数歩いったところでガクンと引っ張られてしまう。
鎖のせいでこれ以上先へは進めない。
ちょうどエマの牢屋の前でエルヴィンの足が止まった。
自分と同じように手枷で拘束され、憲兵に鎖を引かれている。
「!!」
ゆっくりとこちらを向いたエルヴィンを見て、エマは言葉を失った。
整った毛髪は乱れ、右頬と左の目元は腫れ上がり、唇は切れて流血している。
変わり果てたエルヴィンの姿はあまりにショッキングで、喉の奥から情けない音が鳴るだけだった。
エルヴィンがここへ連れてこられた理由などひとつしか考えられない。
自分のせいで、調査兵団の団長である彼を…エルヴィンを巻き込んでしまった……
エルヴィンは眉根を寄せ、ほんの少しだけ苦しい表情を見せた。
まるでエマに“すまない”と謝っているような、そんな顔……
エマは大きく首を横に振った。
違う!団長は何も悪くない!謝るべきは私なのに!!
エルヴィンはエマをじっと見据え何か言いたげだったが、
「入れ」
と憲兵が鎖を引くと視線は逸れてしまった。
エルヴィンは向かいの牢屋に、エマと同じく手枷と壁を鎖で繋がれ、閉じ込められた。
酷い動悸でフーフーと呼吸が荒く、喉がカラカラに乾く。
それとは対照的に瞳はあっという間に水分を溜めた。
私のせいで…私の、せい、で………
エルヴィンをこんな目に遭わせたのは、全部自分のせいだ。
激しい自責の念に押しつぶされそうで視界が滲むが、自分に泣く資格などないと奥歯をかみ締め、胸が張り裂けそうな思いで鉄格子の向こうを見る。
エマの視線の先で立ち膝をつくように座らされたエルヴィンは、一人の憲兵にいきなり髪を掴まれた。