第35章 届かぬ掌 ※
これで食事が運ばれるのは三度目だが、アデルが現れたのは初めて。彼の姿を見るのは初めてここで目を覚ました時以来、二回目だ。
猿轡と手首の鉄輪が外され身体が解放される。エマは擦れて赤くなった手首に視線を落とした。
「そろそろ少しは食べてくださいね。聞き出す前に餓死されちゃ困るんで。」
そう言いトレーを差し出そうとするアデルだが、エマはそれを制した。
「…ごめんなさい、食事の前に、トイレに連れてってもらえないかな。」
この時エマはひとつの賭けに出ようとしていたのだ。体が自由になっているうちに確認したいことがある。
トイレには小さな窓があった。確か、二つあるうちの奥の個室の中だ。監視されながらだが、さすがに個室の中までは着いてこない。
「…いいですよ」
何となく行ける気がした。アデルは唯一自分と交流のあった人物。ほかの兵士よりも何となく、自分に対する注意が緩い気がしていたのだ。
一一一一一一一一一一一一一一一一
螺旋階段を登った先にあるトイレ。
女子の入口に壁のように立ちはだかるアデルを後目に、エマは奥の個室へ入った。
やっぱり、ある!
中には記憶通り小窓があった。日光が惜しげもなく降り注ぐそこは、外界へと繋がっていることを意味している。何とか体を折りたためば通り抜けられそうな気がする。
食事中のため拘束もされていないし、アデルは入口を見張っているだけだ。
エマは意を決して、極力音を立てないよう注意しながら窓を開けた。
「何してるんですか?」
「ひっ!!」
背伸びし窓の外を覗き込もうとした瞬間、背後から聞こえた声にエマは悲鳴を上げた。
アデルが、個室のドアの上から顔を覗かせている。
「そんなところで遊んでないで、早く出てきてくださいよ。待ちくたびれちゃう。」
「……っ」
個室に入ってまだ1分も経っていない。音も立てていないはずだし、どうして……
鼓動が極限まで速まり、心臓が口から出てしまいそうだった。
ダメだ、バレた…しくじった!!
と思った時にはアデルはドアをよじ登り個室の中へ入ってきて、じり、とエマに躙り寄っていた。
「エマさんって嘘つくの下手ですね。なんか怪しいなと思って来てみたらこれだもん。」