第34章 失踪
鉄格子越しの男は無表情で、言葉とは裏腹にとても冷たい印象だ。
「っ……」
「あぁ、喋りたくても喋れないか。すみませんね、舌噛んで死なれたら困るのでそうさせてもらってます。」
コツ、と一歩柵に近づいたアデルの表情は少し和らいだ。だが何を考えているかはまったく分からなくて、ただひたすらに怖い。
まるで別人だ。目の前にいるのは本当にあのアデルなのか?
色々あったけれど、初めて出会った日の初々しく爽やかな彼はもうどこにもいない。
「あ、これ見えます?俺、念願叶ってなれたんですよ。それもこれもみんなエマさんのおかげです。」
摘まれた胸元の紋章。描かれていたのは以前纏っていた自由の双翼ではなく、ユニコーンだった。
何故アデルが憲兵に……どうして私のおかげなの?!
なおも混乱状態にあるエマの心情を悟ったように、アデルは穏やかな声で続けた。
「きっと知りたいことが山ほどあると思うので、包み隠さずお話しますね。その代わり、あなたのことも全部教えてほしい。」
後ろ手に拘束され床に横たえたままの体は強ばった。心臓だけが激しく拍動を繰り返し、そのせいでフゥフゥと荒い息が猿轡の隙間から漏れる。
一とてつもなく嫌な予感がする。
「ウォール・ローゼ南西部の町、トーリア出身。エマ・トミイ。住所不明。両親、親族ともに所在不明。調査兵団への入団経緯も不明。
町役場の資料、町民への聞き込み等…隅々まで調べたが、トーリアにあなたが暮らしていたという証拠は何一つ見当たらない。」
「!!」
ドクン、と波打った心臓がそこで止まる。そんな感覚に陥った。
見下ろす瞳は深い疑念を宿している。
一切の瞬きもせず見上げたまま睫毛の一本も揺らさないで、エマは銅像のように硬直した。
息苦しくなって漸く、呼吸を忘れていたことに気が付く。
錠前を外す音がしてカツカツと靴音が鳴る。
目の前にしゃがんだ男の手が後頭部に回った。
猿轡が解かれ口を閉じられるようになったが、この先もそれはきっと許されない。
びしょびしょに濡れた布を床に放り投げ、口端から伝った唾液を掬う無骨な指にエマはビクリと方肩を震わした。
「エマさん。あなたは一体どこからいらっしゃったのですか?」