第34章 失踪
「こうやって、草の根元の部分を持って…」
「こう?」
「そうそう!」
小さな両手で力いっぱい草を引っこ抜く。
自分にとっては造作もないけれど、この子にとっては一生懸命なことで。
「んー…っ抜けた!」
「ちゃんと根っこまで抜けたね!上手上手!」
達成感に満ちた笑顔はどこまでも純朴だ。小さい子供と接するのは癒されるし、心が清らかになる。
隣にしゃがむリリーの一生懸命な姿を微笑ましく見守りながらエマも勤しんでいると、ふいにリリーの手が止まった。
「おねぇちゃん」
「ん?」
「この雑草さんたちは、抜いたらどうなっちゃうの?」
「そのうちに枯れて、また土に還るんだよ。」
「枯れる…ってことは、死んじゃうの?」
「うーん、そういうことになるかな…」
そこまで言うとリリーは視線を落とし、掴みかけた草を離した。
顔を覗き込めば、とても悲しそうな顔をしている。
「死んじゃうの、かわいそう」
「え…?」
「雑草さんも生きたいっていってるのに…ころしちゃうの?」
「……リリー…」
リリーの言葉にエマは口を噤んでしまった。言葉が、出てこない。
花を守る為に雑草は抜かなければならない。花に必要な養分が回らなくなるし、雑草があれば見栄えも悪い。
当たり前の常識。リリーのように考えたことなどなかった。
そして。
「…そうだよね。生きたいって思ってるのに、可哀想だよね。」
エマの頭にリリーの父親が浮かんだ。
ウォール・マリア奪還作戦に動員され、帰らぬ人となった父。
巨人の襲来により領土を失い、壁の中のより内側の人類を生かすためマリア奪還作戦に駆られた、外側の人々。
人の命に優劣を付けること自体あってはならないことで、その時の王政のやり方にはどう考えたって賛同など出来ない。
まるで花と雑草も同じに見えてしまった。花を死なせないために雑草を排除することは、この国がしたことと同じだと思ったのだ。
だからリリーに、花を生かすためにはやむを得ないんだ、と言えなかった。
幼い彼女には分からないかもしれない。それでも、言いたくないと思った。
「…リリーは優しいね」
「お花さんも雑草さんも、一緒に暮らしちゃダメなの?」
「そうだね…お花さんだって、雑草さんがいなくなるのは寂しいかもしれないもんね。」