第34章 失踪
“五月晴れ”はこの世界にも当てはまるものらしく、連日空の機嫌は良い。
草木も瑞々しく若々しい葉を揺らし、生命の力漲るこの季節がエマは一際好きだった。
「わ、すごい雑草!」
昼過ぎ、久々に執務補佐が落ち着いたのでいつもの花壇に来てみると、びっしりと若草色の雑草が生えている。
エマは持ってきた軍手をはめしゃがむと、かすみ草の周りの雑草を抜き始めた。
それにしても数日の間にすごいなぁ…雑草の生命力恐るべし。
一日の中でも一番気温が上がる時間帯だ。腕しか動かしていないがしばらくすると汗ばんできた。
合同演習が始まってからというもの、日中の特にこの時間は兵士は皆訓練場へ出ているから兵舎の周りはがらんとして少し寂しい。
だが普段はあまり訓練に姿を現さない団長のエルヴィンも参加しているくらいだし、この演習は次の壁外調査のためにもとても重要な訓練なのは一目瞭然だ。
来月…6月には今期入団の新兵を交えた壁外調査が待っているのだ。
きっと皆一様に気を引き締めているだろう。
「あとで医務室行こうかな。」
医務室の先生に、また怪我の手当を学びに行こう。私にできることを。
大それたことはできなくても、それでも全力を尽くしたい気持ちは皆と変わらないつもりだ。
ふと、右側から視線を感じて顔を上げると見覚えのある子供が立っていた。
「あ……リリー!」
エマが名を呼ぶと、リリーにパッと笑顔が咲く。
幼い女の子は以前兄のダニエルとここで会ったことがある。
「おねぇちゃん」
「久しぶりだね!今日は一人なの?お兄ちゃんは?」
「がっこう…」
「あぁそっか!…お留守番、偉いね。」
エマはリリーに近づき目線を合わせると、その小さな頭を撫でてやる。リリーははにかみながらコクリと頷いた。
「でも、こんなところへ一人できて平気?」
「一人じゃないよ、メアリーがいる。それにお家、すぐ近くなの。」
リリーは大事そうに抱いていた人形を得意げに見せた。赤毛の三つ編みの布人形がメアリーというらしい。
リリーの純粋無垢な可愛らしさに心は温まり、自然と笑みが零れる。
可愛くて儚くて、守ってあげたくなる。自分は一人っこだから分からなかったけれど、もし妹がいたらこんな気持ちになるのだろうか。