第33章 決意の裏側
「旅行は楽しかったか?」
エルヴィンは純粋な気持ちで聞いた。何もやましい気持ちも、嫉妬心もない。
エマは少しはにかんだ笑みを見せて“はい”と答えて、それに“よかったな”と返す。エルヴィンはもう苦しくならなかった。
「これ、宿の奥さんが作ってくれたパンなんです。とっても美味しかったからぜひ皆さんにも食べて欲しくて。」
キラキラと眩しい笑顔で覗き込んでくるエマにエルヴィンの目は細まった。彼女の笑顔はやはり魔法のようにエルヴィンの心を和やかにする。
「私にまでありがとう。こんなに美味しいパンを食べられて、明日食堂のパンが普通に食べられるか心配だ。」
冗談交じりに笑えば、ハンジが“ならもうそのおばさんに食堂で働いてもらおうよ!”と無茶苦茶な提案を真剣にしてきて、生真面目なモブリットに突っ込まれている。
エルヴィンはその光景を眺めながら、エマが淹れてくれた紅茶を味わった。
「エマの紅茶も相変わらず美味いな。」
「フフ、ありがとうございます。」
こんなにスッキリした気持ちでエマに接するのはとても久しぶりな気がした。こちらを見る無垢な少女に微笑みを向ければニッコリ頷いた。
この笑顔をずっと見守ってやりたい。
……だが。
「エマ。明日、話がある。朝食後に少し時間を作ってもらえないか?」
ハンジ達一行が戻り、リヴァイとエマとエルヴィンの三人だけになった部屋。
エルヴィンの落ち着いた声が辺りを包んだ。
「話…ですか?」
「今ここで話しゃいいだろうが。俺には言えねぇような話か?」
驚いた様子のエマと怪訝そうなリヴァイ。
エルヴィンは少し笑ってリヴァイを否定し、続けた。
「リヴァイ、お前にも一緒に聞いてもらいたい。とにかく明日の朝食後、予定を空けておいてくれ。そう時間はかからない。」
「…了解だ。」
エルヴィンはいつものクールな顔で淡々とそう言うだけで話の内容は想像つかなかったが、リヴァイは何となくいい話ではない気がしていた。
そもそも良い話ならこの場ですぐ言えるはずで、改まって言う必要なんてない。
ただエルヴィンが明日と言った以上、こちらから問い質すことはせず黙って頷いた。