第33章 決意の裏側
ここのご主人はすごくもの腰柔らかく優しい人だった。だから少し気の強い奥さんにたぶん怒られてしまったんだろうなとエマも心の中で苦笑いする。
「奥さんとご主人はとても素敵なご夫婦だと思います」
「え?」
「なんていうか…お互い深いところではすごく想い合ってる感じがして…そういうのってすごく素敵です」
「あたしらのは腐れ縁みたいなもんだよ。お互い空気みたいなもんさ」
エマの言葉に一瞬目を丸くしたあと奥さんは自嘲気味に言ったけれど、その顔はいつもの勝気な風ではなく優しさに満ちていた。
「でもちょっと憧れます。そういうの」
この夫婦のように、長年連れ添った二人にしか出せない独特な空気感が少し羨ましいと思ったのだ。
言葉にしなくても全て分かり合っているような、そんな雰囲気が。
エマが真剣に言うと、奥さんはまた明るい笑い声を響かせた。
「あんたはまだ若いんだからもっと情熱的な恋愛をするべきだね」
「情熱的…?」
「そうさ。もうこの人以外何もいらない!って思ってしまうほど、燃えるような恋。私もあんたぐらいの頃はよくしたもんだよ!あぁ、懐かしい!」
「は、はぁ…」
話しながら興奮しだす奥さんに曖昧な相槌を打つと、好奇な目がすかさずエマを捉えた。
「でもしてるんだろ?あの兵士さんと、今まさにそういう恋を」
「っ!!ゲホッゲホッ!!」
タイミング悪く飲みかけていた紅茶が気管に入ってエマは盛大にむせた。向かいでは奥さんが声を上げて笑っている。
「ごめんごめん、大丈夫かい?」
「う…は、い…」
いきなり何を言い出すかと思ったら、私とリヴァイさんが燃えるような恋、を…?
リヴァイの顔を思い出した途端、頬から耳までがじんと熱を持つ。
奥さんに悟られないよう誤魔化したいが、手段がなく狼狽るばかりだ。
「ハハハッ!いいのいいの!相手はただのババアなんだし恥じらう必要なんてないよ!でも彼、あんたにはベタ惚れだね。無愛想だけどそれだけはよく分かる」
「そんなこと…!」
つい口をついて否定が出てしまった。
いや、リヴァイの愛は重々感じているし、自惚れじゃないが奥さんの言うことはあながち間違いじゃないと思うが…
ほぼ初対面の人にはっきり はいそうです、なんて言えるはずがない。