第33章 決意の裏側
腰に手を当て豪快に笑う奥さんにエマはもう一度感想を述べた。
だって本当に、今まで食べたどのパンよりも美味しかったのだ。
「あのパンは砂糖をほとんど使ってないんだ。その代わりうちで採れたミルクを練り込んである」
「!だから…」
砂糖とも似つかないあの優しい甘さはミルクだったのか、とエマは納得する。
エマの向かいに腰掛けた奥さんは、愛想のいい顔をくしゃと寄せて笑った。
「この旅で素敵な思い出はできたかい?」
「はい、とっても!」
「それはよかった。何もないところだけど、何もないからこそある魅力もあるだろ?」
「はい、本当に」
壁の南に位置する兵舎とは間反対のここ。
大きな街はないが、手つかずの豊かな自然が多く残りゆったりと時が流れている。
ここで過ごす穏やかな時間はエマにとってもリヴァイにとっても、兵舎での忙しい日々を少しの間忘れさせてくれていた。
エマが感じた魅力を語ると、奥さんは嬉しそうに頬を緩めていた。
「気に入ってもらえてよかったよ。私も嫁いでここにきた身だけど、今となってはこの地に骨を埋めたいと思うほど気に入ってんだ」
「とっても素敵だと思います」
エマがフフと笑うとまた くしゃとした笑顔が向いた。
ちょうどそのタイミングで玄関の方から声がする。
「あら、主人が呼んでるわ、ちょっと待ってて?」
奥さんの後ろ姿を見送りながらエマはカップに口をつけた。
ほんのり甘く優しい香りがするこの紅茶もとても気に入った。
料理を褒めた時、奥さんは食材に拘っているからと言っていたが、エマはそれだけではないと思っていた。
どれもこれも奥さんの作る料理には真心が篭っている。
この紅茶ひとつにしても、だ。
味にそれほど敏感でないエマでもはっきりと分かる。愛情がたくさん詰まった料理は美味しいだけじゃなく、人の心を幸せにする。
「お待たせ。あの人また自分が使った桑をどこへやったか分からなくなったみたいで…いつもあたしが代わりに探し物してんだ。世話が焼けるよまったく」
苦笑いで戻ってきた奥さんは文句を並べながらまたエマの向かいに座った。