第32章 北の地にて ※
宿のバスタブは二人でも足を伸ばして入れる広さだが余裕はあまりない。
リヴァイの部屋にはシャワーしかないしそれ以外兵団にはしっかり男女分かれた浴場しかないため、こうして二人で湯船に浸かるのは本当にあの温泉以来。
しかもあの時は入るなりリヴァイの好きなようにされてしまったのだ。
その時の記憶が鮮明に蘇ったエマは隅に体を寄せ体育座りをしたまま固まってしまった。
「エマ」
「は!はいっ!」
「ハッ、ガチガチすぎだろ。…こっちへ来い。」
「あっ…」
腕を引かれリヴァイの中に収まった。
逞しい胸に背を預け、お湯とは別の温度を背中に感じて心臓は忙しなく打つ。
なるべく平常心をと不規則に揺れる水面を凝視しながら行き場を失った両手を浮遊させていると、上から手が重なり腹の上に置かれた。
重なった手は少しも動かずどんな顔をしてるか分からないままだが、何となく前回のようにここで“そういうこと”をする気はないと感じた。
エマは一人で何を焦っていたのだろうと恥ずかしくなったけれど、ひたすらに穏やかな抱擁は緊張を退け徐々に安心感をもたらし、エマはリヴァイにその身を預けながら胸中を語った。
「今日は本当に楽しかったです。湖畔の景色もこの宿も夕食も全部全部素敵でした!」
リヴァイが連れて行ってくれた場所はどこもエマの心をときめかせた。白銀の峰々を背にした桜の咲く湖も、この宿も。
二部屋しかない宿。気立てのいい夫婦が二人で切り盛りしていて、小ぢんまりしているが田舎の家庭を思わすような温もり溢れる空間がとても居心地良い。
奥さんの手作りという夕食は見た目の派手さこそないものの一つ一つこだわり抜いた食材で丁寧に作られていて、どれを食べても美味しく、いつの間にか兵団の質素な食事に慣れていたエマは久しぶりの豪華な食事に大満足だった。
「本当にありがとうございます。」
振り返ってお礼を言うと思いがけず穏やかな視線と交わりエマの胸は跳ねた。
「気に入ったなら良かった。」
「はい、もうすごく!こんな素敵な場所どうやって見つけたんですか?」